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さようなら、立松さん。 [ことばの元気学]

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立松和平さんが亡くなったというニュースにびっくり。しばらく言葉を失った。
何度か、テレビやシンポジュームでご一緒したというだけのおつき合いだが、それだけでも、優しさとぬくもりのある方だということがよくわかった。
あれは、何かのシンポジュームのときだった。JR東海の「そうだ、京都行こう」というCMの話が出て、「あれは文化の深い歴史を持った京都だからいいんで、“そうだ宇都宮行こう”ではピンとこない」とぼくが言ったら、立松さんが「すいません、ぼくの郷里、宇都宮です」と言われて、口は災いのもと、心臓が凍った想い出がある。
シンポジュームが終わった後で、立松さんに「さっきは失礼しました」とあやまったのだが、立松さんはいつものようにニコニコと、おおらかな笑顔で許してくれた。
それにしても、あの立松さんが62歳で亡くなるなんて。明るい、ぬくもりのあるあの笑顔にもう会えないのかと思うと、とてもさびしい。
立松さん、ありがとう、そして、さようなら。
(写真は、何かの対談でお会いしたときのもの。撮ってくれたのは写真家の佐野美樹さんです)


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ぼくの愛蔵品 [ことばの元気学]

品格って、なんだろう。
朝青竜も小沢さんも、あまり品格のある人って感じはしないけど、いちばん品格がないのは、それを大騒ぎで報道しているテレビなんじゃないかなあ。
そうそう、鳩山さんの施政方針演説は、品格があったね。あの原稿って、平田オリザさんが書いたのかな。とても、言葉に品格があった。いろいろ文句を言われてもいいから、あの精神で、鳩山さんは思いっきりやればいいよ。

ところで一転、きょうはぼくの品格ある愛用品を見てもらいたい。

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これ、なんだかわかりますか。
わからないでしょう。
正面から見てると、まっ黒で何も見えない。
でも、ちょっと斜めにすると、光のぐあいで正体がわかります。これです。

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いいでしょ?これ、すごく気に入ってます。お店でこれを見つけた瞬間に買いました。
時計にお金を払ったんじゃありません。こういうアホなものを考え出した人に、払ったんです。「ばかだなあ賞」です。

実はこれと同じ、まっ黒の腕時計を、むかし持っていました。で、それを買ったときの思いを、ある雑誌に書いたことがあります。以下、それを再録。

このデザインを思いついた人はエライ、とぼくは思った。だいたい時計というのは、文明の象徴である。時計のおかげで、ぼくらはすばらしい未開社会と決別しなければならなくなった。そして、「時間」を「時刻」のドレイにする社会に足を踏み入れてしまったのである。
まっ黒なこの時計は、そういう文明の罪を恥じているところがいい。別の言い方をすれば、時刻にふりまわされている文明社会を、ヘラヘラ笑っているところがいい。この時計は時計のくせに、「時計なんかなくていいじゃない」と言っているところが、ぼくはとても気に入ってしまったのだ。
案の定、この時計は役に立たなかった。講演の途中でこの時計を見たが、どうやっても時間が見えない。おかげでぼくは、1時間半の予定の講演を2時間あまりやってしまった。終わった後で係の人は渋い顔をしていたが、だいたい話が盛り上がっているときに「そろそろお時間です」なんてメモを差し入れるなんていう世間のジョーシキは間違っている。この時計でない時計のおかげで、ぼくと客席の人たちは、「講演の時間は中身が決めるのであって、時間が中身を決めるのではない」というスバラシイ真理を発見してしまったのであった。
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子守唄は哀しい [ことばの元気学]

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子守唄って、世界中にたくさんあるんだよね。
おもしろいね。子どもを寝かすには歌がいいっていう知恵は、世界共通なんだね。

音楽の催眠効果。ぼくなんか、モーツアルトを聴いてると、すぐ寝ちゃう。うん、バッハも寝ちゃうな。
でも、有名な「モーツアルトの子守歌」は、モーツアルトの作曲じゃないんだよね。フリースという人が作った曲なんだけど、モーツアルトの死後にこの楽譜が見つかったとき、こんな美しい曲を書けるのはモーツアルト以外にいるはずがないっていうんで、「モーツアルトの子守歌」になっちゃった。

眠れよい子よ 庭や牧場に
鳥も羊も みんな眠れば
月は窓から 銀の光を
そそぐこの夜 眠れよい子よ
眠れや

堀内敬三さんの訳詞がまたすばらしい。これを聴いて寝ないような子は、始末におえないガキだね。

でも、「モーツアルトの子守歌」みたいに愛にあふれた曲にくらべると、日本の子守唄は哀しいものが多いんだよね。
「五木の子守唄」とか「竹田の子守唄」とか、とくに子守り奉公の子たちがうたった守子唄には、聴いていてつらくなるようなものがとても多い。
昔は、貧しい家の女の子が、人べらしのために町家に子守奉公に出されたんだよね。
つらい奉公が多かったらしいね。
そういう子が、泣いてる赤ん坊をあやすために、自分の思いを唄にしてうたった。本当は、泣きたいのは自分なのに。
そんな守り子唄の歌詞を、モーツアルトの子守歌とくらべてみるといい。

おどま盆ぎり盆ぎり
盆から先ゃおらんど
盆がはよ来りゃ はよもどる

おどんが打っ死(ち)んちゅて
誰が泣やっちゃくりゅうきゃ
裏の松山 蝉が泣く
 
おどんが打っ死んずろば
道ばちゃ埋(い)けろ
通る人ごて 花あぐる

花はなんの花 つんつん椿
水は天から もらい水

ついでに、もうひとつ。赤坂憲雄さんの「子守唄の誕生」には、こんな唄も紹介されている。このテの唄は、関東以南ではざらにあるんだそうな。

こん子憎らし おどんが抱けば
なんもせんのに すぐに泣く
ねんね一ぺんいうて ねむらぬ餓鬼は
頭たたいて 尻ねずむ
ねんねして泣く子にゃ 乳のませ
乳をのませて 泣かんよに
ねんねした子の可愛さむぞさ
おきて泣く子の つらにくさ

「貧しさ」というのは、本当に哀しい。許せない。そして、ひとごとじゃない。
ハイチのことを「最貧国」なんていってるけど、日本にも貧困はいっぱいあったし、いまもある。物質的な貧乏は少なくなっても、精神的な貧しさは、むしろ増すばかりだ。心の面からいえば、日本だって「最貧国」のひとつなんじゃないだろうか。
でもなあ、物質的な貧乏を退治するより、心の貧乏を退治するのは、ずっとむずかしいんだよなあ。でもなあ、知恵をしぼって、そこをなんとしてもやらなくっちゃ。
(と、日本の隠居は思うのだった)

(写真は熊本県五木村の子守唄公園にある銅像。「気になるくまもと」12号より)
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大阪弁は嫌いだ [ことばの元気学]

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大阪弁は嫌いじゃない。むしろ、あの独特のやわらかさと、飾りっ気のない物言いが好きだった。
東京弁というか、標準語は、へんに気取ったところがある。かっこつけたところがある。
それにくらべると、大阪弁の表現は率直で、ミもフタもないくらいリアルなところがあって、そこがとてもいいなと思っていた。

が、このところ、大阪弁が気に障ることが多くなった。
とくに、若手のお笑い芸人の大阪弁が、どうもいけない。うるさい。品がない。図に乗っている。

大阪弁を耳にする機会が多くなったせいもある。
昔は大阪弁を聞くことは、それほどなかった。
ラジオから聞こえてくる「エンタツ・アチャコ」や「いとし・こいし」の漫才くらいだった。

が、いまは違う。
テレビから聞こえてくることばは、半分くらいは大阪弁じゃないかと思えるくらい大阪弁があふれている。
昔は、たまに方言が聞こえてくることもあるけれど、テレビから流れてくることばの90%は共通語(標準語)だった。
それが、明石家さんまの登場あたりから大阪弁がどんどんふえはじめ、いまや日本のテレビは大阪弁に占領されてしまった観がある。
このぶんでいくと、いまに日本は大阪弁が標準語になるんじゃないかという感じさえするくらいだ。

ま、それならそれでいい。いまの標準語が、別にいいとは思わない。
が、どうも気に障るのは、若い大阪芸人たちの使う言葉の、品がないことだ。
別に上品ぶる必要はない。むしろ大阪弁には、標準語のお上品ぶった嘘くささを暴き、破壊するよさがあり、それが魅力でもあった。ミモフタもないところに、飾り気のない率直さがあった。飾らないことの品位があった。

が、いまテレビにはんらんしている大阪弁には、ミモもフタもないどころか、ナカミもない。あるのは、悪ふざけと薄っぺらなくすぐりだけだ。そこには、大阪弁ならではの、大阪弁本来のよさが、ほとんど感じられない。

かなしいことである。こんな大阪弁が標準語になるくらいなら、むしろ、秋田弁が標準語になるほうがよっぽどいい。
(と、東京の隠居は思うのだった)
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飲んだらのれん [ことばの元気学]

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大分で、こんなのれんを見つけました。ミニチュアですが、本物は大分の料理屋さんなんかにかかっているんでしょうか。

昔、秋田の路上で、こんな交通安全ポスターを見つけたときもうれしかったなあ。

飲んだら乗るな、乗るなら飲むな。なんぼいったらわがるんだ。

大分のも秋田のも、方言の力は強いね。
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どこまでつづくぬかるみぞ [隠居のくり言]

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ゆうべ、小沢さんのニュースを見ていたら、とつぜん頭の中で、
♪どこまでつづくぬかるみぞ~
という歌が流れ始めた。
戦前の軍歌。小さい頃、よく歌っていた歌だ。

どこまでつづくぬかるみぞ
三日ふた夜を食もなく
雨ふりしぶく鉄かぶと

軍歌というのは、士気昂揚をねらった勇ましい歌が多いのだが、これは全然違う。
三日ふた晩、食べるものもなく、万里の長城みたいに果てしなくつづくぬかるみの中を歩き続けて、ああいやだいやだ、って感じの厭戦的な歌である。

小沢さんと検察のケンカは、どっちが正しいのかはわからない。が、日本が大きく変わらなきゃいけないときに、相も変わらず政治とカネの問題でがたがたモメている姿を見ていると、どこまでつづくぬかるみぞ、うんざりを通り越してNewスーパーマリオブラザーズをつづける戦意も失われてしまう。

でも、そうは言ってもいられない。
これを最後の機会にして、カネで動く政治を根絶するような改革をやらなくっちゃ。
とくに、企業献金なんてインチキなものは即刻禁止にしたほうがいい。
頭の悪そうな顔を並べた選挙ポスターなんかもいらないし、宣伝カーで芸もなく名前を連呼する選挙宣伝もやめろ。
選挙区別に立候補者の討論会を何度もやって、テレビで中継すればいいじゃないか。
東京だったら、1区は日本テレビ、2区はTBSテレビ、3区はフジテレビっていうふうに中継局を分ければいい。
政治を変えようと思ったら、まず選挙のあり方から根本から変えることだ。公職選挙法なんて、時代遅れのものも思いっきり変えなきゃ。

あ、いけねえ、血圧が上がった。
このへんで、マリオを再開しなくっちゃ。



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半月遅れのお年賀 [ことばの元気学]

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今年は少数の友人に、こんな年賀状を送りました。
で、これからこのブログでは、「隠居の繰り言」を書いていこうと思っています。
(隠居は暇なんだから、更新もまめにしなくっちゃ)
というわけで、とりあえず、半月遅れのお年賀まで。
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宇宙人の話(おまけ) [ことばの元気学]

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さて、鳩山首相は、残念ながら、谷内六郎さんが宇宙人であるという意味では、宇宙人とは言えません。
が、安部さんや麻生さんにくらべたら、顔だけでなく、ずっとその資質がある。
環境問題や日米関係のあり方に対する彼の理想主義的な姿勢に、その資質がのぞいているような気がします。
環境問題についていえば、国益なんてケチな枠にとらわれずに、宇宙に生きる生き物の目で問題をとらえ、発言をしているように見える。
日米関係についていえば、これまでの上下的関係から、なんとか横並びの関係に変えていこうとしている積極的な意思があるように見える。
そういう鳩山さんを、世間知らずのお坊ちゃんみたにバカにする人もいますが、いいんじゃないですか、それで。宇宙人は世間知らずなんです。そこがいいとこなんです。

古今東西の政治家の中で、ぼくが100%濃縮還元の宇宙人だと思っているのは、インドのガンジーさんです。あまりにスケールが違いすぎて、比較するのも気が引けますが、鳩山さんも一生懸命がんばれば、少しはガンさんに近づくことができるんじゃないか。そんなふうに、ぼくはひそかに期待してるんですね。

もっとも、その鳩山さんは、いまやマスコミに袋だたきになっている。そうなる理由ももわからないではありませんが、いまのマスコミは、人をけなすことは知っていても、ほめることを知らなさすぎです。
モンクをつけるより、いまは鳩山さんの可能性に賭けて、彼をもっともっとヤル気にさせることが必要なんじゃないかと、ぼくは思っています。
「もしかしたら自分は本当の宇宙人じゃないか」と、鳩山さんに錯覚させてあげるほうがいいんじゃないかという気がする。
で、私財を惜しげなく派遣村に寄付してくれたらいいと思うんですね。

それにしても、ガンジーさんという人はすごかった。
あの人が遺した言葉を読み返すたびに、ぼくは心が洗われる気がします。
で、初夢の中で、こんな人に会えたらいいなと思っているんですが、甘いでしょうかね。

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宇宙人の話(4) [ことばの元気学]

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谷内さんの絵には、多かれ少なかれ、「いつかどこかで見た風景」を思わせるものがある。そのことから、ぼくはむかし、谷内さんを「日本人の原風景を描きつづけた画家」と言ったことがありました。

そんな中でも、この「夜の公衆電話」(1974年)は、ぼくの大好きな作品のひとつです。
あれは千葉県の知り合いの農家に疎開していた小学生のときでした、ぼくはこれとまったく同じ風景を見た記憶があるんです。

正直に言うと、そのとき電話をしていたのは、実はキツネではなく、キツネ顔の女の人でした。当時はもちろんケータイなんてものはありませんし、電話のない家が多かった。夜更けに公衆電話で電話をするなんていうのは、よほどの緊急事態でない限り、ほとんど見られなかった時代です。
それだけに、そのときのその光景は、子どもごころに強く印象づけられました。
そんな記憶があったから、この谷内さんの絵を見たとき、ぼくは思わず息をのみました。そして、「そうだ、あれはキツネだったのかもしれない、キツネが女の人に見えたのかもしれない、そうだ、そうに違いない」と思ったものです。

ちなみに、この絵につけられた谷内さんの「表紙のことば」は、こうです。

夜になると樹木は生気をおびて人のように笑うのかもしれません、昼間は眠ったふりをしているのかもしれません。
シトシトと雨の降る夜、電話ボックスの光が樹木をボワーッと巨大に見せています。
電話ボックスの中にはたしかに誰かいるようです、光がシラシラと動いているのです、もしかするとキツネが電話をかけているのかもしれないよ。
「モスモス、モスモスわたすの姉ギツネがロイマチスが重くなったんです、至急神主さんに来ていただきたいのです」。
キツネはとりとめもなく何べんもくりかえし神主さんに夜の明けるまで電話をかけているのです、白い夜明けの光でキツネは消えるのです、夜明けの光でキツネが消えるところをパトロールのおまわりさんが見たかもしれません。

キツネが「モスモス、モスモス」と東北弁でしゃべっている声まで、谷内さんはちゃんと聞きとっている。これはやっぱり、空想の産物なんかじゃない、まぎれもない現実です。現実の写し絵です。谷内さんは、谷内さんの目に見え、耳に聞こえる風景を、そのまま“写生”したんだと、ぼくは思うのです。
こわばった常識や形式にとらわれない宇宙人の目で見たら、こう見えるのがフツーってことなんでしょう、きっと。

もっとも、ここでいう“写生”とは、単なる“写実”とは違います。それは子規の提唱した“写生文”に共通するものですが、そのことはまたいずれ。

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宇宙人の話(3) [ことばの元気学]

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だいぶ前から、ぼくは谷内さんの絵に「メルヘン」とか「ノスタルジー」といったレッテルを貼ることに異議をとなえてきました。
たしかに、谷内さんの絵には、そういう面もある。だから、それはそれで間違ってはいないのですが、谷内さんの絵には、もっと深いものがある。こわい、といってもいいようなものがある。そういったことを、あれこれしつこく書いてきたつもりです。
が、ぼくのつたない言葉よりも、もっと正確に、もっとするどく、谷内さんの絵の本質を衝いた文章に、3年前に出会いました。「谷内六郎・昭和の想い出」(新潮社)にのっている橋本治さんの「シュールレアリスト谷内六郎」という文章です。
ちょっと長くなりますが、その一部を紹介させてください。


 谷内六郎は、本質的にシュールレアリストである。彼の中には、ルネ・マルグリットもポール・デルヴォーもアンリ・ルソーも棲んでいる。若い頃の作品には、ベルナール・ビュッフェも少し棲んでいる。しかし、谷内六郎は、それを消化吸収した日本のシュールレアリストというのでもない。彼の絵を見ていると、ルネ・マルグリットやポール・デルヴォーの絵が、「なにかの絵解き」というような気がしてきて、つまらなくなってしまうのである。フランス語の「シュール」は「上」の意味だから、シュールレアリスムは「現実を超えた上」になるのだろうが、谷内六郎は、「現実を超えたものが現実の中に収まって、そのまま現実になっている」なのである。
 谷内六郎には「現実」と「幻想」の境目がない。たとえば、「週刊新潮」1973年12月20日の表紙《こがらしのパレード》である。鼓笛隊になった木枯らしが粉雪のチラシをまいている。私は、これを「メルヘンだ」とは思わずに、「そういうもんだ」と思ってしまう。私ももしかしたらちょっと変わった人間なのかもしれないが、谷内六郎の描く絵の表情がまた、「そういうもんでしょ?」と言っているのである。そして、そう思ってしまうと、この絵は、「冬の訪れ」をメルヘンタッチで表現したものではなくなってしまう。「冬にはこういう景色もありがちだ」と思われてしまう。それは、彼の絵が比喩でも寓意でもなく、ただそのまま、「そういうもんだ」を描いてしまっているからだろう。

こわいくらい鋭い分析ですね。
実をいうと、この橋本治さんという人は、ぼくがいままでに会った宇宙人の中の3番目に会った人なんですが、地球人のこわばった常識や偽りの形式にとらわれた目では、とてもこうは見えてこない。「広告批評」の巻頭に10年以上にわたってユニークな時評をこの人に書いてもらったのも、この目にホレこんでしまったからです。

ところで、ぼくの場合、谷内さんの絵の中に宇宙を見たのは、30数年前のことでした。
でも、その話は、また次回。

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