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あんこの海 [あんこ学]


日本海という海がありますね。そう、あそこの海です。
あれは日本だけの海じゃない、ロシアの海岸も韓国や北朝鮮の海岸も、中国の海岸も、同じ水で洗われている。それを勝手に「日本海」と名づけるのはおかしいんじゃないかい、という声もあります。
そう、韓国ですね。あれは昔は「東海(とんへ)」と呼んでいたのを、日本が軍事力を背景に「日本海」と変えてしまったと言って、韓国は国連に地名変更を要請している。ま、実際は、昔、ロシア人が日本海とよんでいたのが、そのまま定着したらしいんですが、ま、政治的な話はまったく別にして、あれはよくも悪くも、やっぱり日本海なんですねえ。とぼくは思うんですねえ。なぜか。

ちょっとこの地図を見てください。まんなかの海が、そう、日本海です(わかってるって)。
このブログでしつこく言ってきましたが、その北にひろがる中国大陸ね、ここから、創成期の日本に文化の大津波がやってきました。で、以来、日本列島は、文化の面でべったり中国漬けになっていったわけです。
それは、朝鮮半島についても同じです。が、朝鮮と日本では、漬かり具合がかなり違う。古漬けと浅漬けの差がある。
その違いを、朝鮮は「洪水型」、日本は「雨漏り型」と名づけた人がいます。天下の碩学・丸山真男さんです。ちょっと、丸山さんの話を聞いてください。
「……洪水型は、高度な文明の圧力に壁を流されて同じ文化圏に入ってしまう。ところが、日本は、ポツポツ天井から雨漏りがして来るので、併呑もされず、無縁にもならないで、これに<自主的>に対応し、改造措置を講じる余裕をもつことになる。これがまさに<よそ>から入って来る文化に対して非常に敏感で好奇心が強いという側面と、それから逆に<うち>の自己同一性というものを頑強に維持するという、日本文化の二重の側面の<原因>ではないにしても、すくなくもそれと非常に関係のある地政治学的要因なのです。……」(「日本文化のかくれた形」岩波文庫)
明晰というのは、こういう言葉を言うんでしょうね。と、あらためて感嘆しながら、そうなんですね、つまりそういうことなんですよ、とぼくも思うのですよ。
つまり、地続きの朝鮮がモロに中国文化の波をかぶったのに対して、日本の場合は海が一種の壁になったわけで、そういう意味でこの海は、良くも悪くも、日本の運命をl決めた海であり、だからやっぱり、名前は「日本海」でしょう、と、ぼくは言いたかったのです。

さて、われらの小豆もまた、この海をはるばる渡ってやってきました。小豆だけじゃない、いろいろな豆たちが、♪はーるばる来たぜにっぽん…なんてうたいながらやってきたのですが、ほかの豆たちがその後も向こうで活躍しているのに対して、小豆だけは違った。小豆だけは、日本人にやたらに愛され、日本の暮らしにさまざまなカタチで取り入れられて、海外にはまったく見られないすばらしい「小豆文化」を作りあげるに至ったんですね。日本海を渡ってきて日本的に変形され、本国にもない大輪の花を咲かせた例の、これは代表選手と言っていいでしょう。
なぜ、それは小豆でなければいけなかったか。そこがポイントです。なぜ、大豆じゃいけなかったか。そらまめや、さやえんどうの、どこが気に入らなかったのか。ま、そのへんのことは、またの話にしますが、もし日本海の名前を、どうしても変えると言うんなら、ぼくは「あんこ海」としたい。そのわけも、またの話にさせください。

さて、きょうは川崎・末廣庵の「一斤染(いっこんぞめ)」です。全身栗だらけみたいなぜいたくなお菓子で、ぼくはいっぺんに二つたべてしまいました。


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スティッチの親分

イナバウワ~!
失礼しました。あんこの海に感動してしまい思わずイナバウワ~!と
叫んでしまいました。
洪水型の韓国はどっぷりと中国の影響を受けてるの食事で言うと
薬膳や薬で言うと漢方が多いのでよく分かります。
雨漏り型の日本は薬膳料理って前はあんまり見かけなかったですよね。昔は薬膳も漢方もあったのでしょうね。
朝鮮人参を買う為に日本人も一生懸命だったですもんね。
それと、中国には中国茶があり色んなお茶があるのに対し、
日本は日本茶と言う素晴らしいお茶があります。
コンビニでも若い子も「生茶」や「お~いお茶」ですよね。
ここに、あんこの海の壁があるような感じがします。
日本茶と和菓子って切っても切れない縁がありそう。
あんこが洗練されたのも、茶道が関係してるのでしょうか?
ではイナバウワ~で失礼します♪
by スティッチの親分 (2006-03-04 20:44) 

tami

お米屋さんの社長さんがイナバウワ~!って?もう可笑しすぎます。
朝、新聞読んで大笑いし、職場で思い出し笑いし、木曜日は大変でした。
ところで、洪水型と雨漏り型。
国内でも地域で同じような違いが見受けられたりします。
転勤族だったから、その違いを肌で感じる事がよくありました。
「きちご」という言葉があります。
自分の住んでいるところが1番いいと思っていて、他県から来られた人をなかなか快く受け入れない。
しかし、いったん心を開くととっても親切だったり。
逆に、すぐ優しくされて嬉しがっていたら、さっと肩透かしをくったりとか。
そこには、海やら山やら川やらあるからでしょうね。
ちょっと、論点視点はずしています、ごめんなさい。(笑)
イナバウワーでそっくり返りすぎました。ハイ!
by tami (2006-03-04 21:09) 

銀鏡反応

どばっ!の洪水型とポチポチ…の雨漏り型。
おなじアジアでもやっぱり文化の受容形態がちがうんですもんね。
で、この島国が雨漏り型ということですが、好奇心旺盛に何でも受け入れる柔軟性のわりには、内ムキなアイデンティティにこだわる面もあったりで、いったいどっちが本当の日本の姿なんだい、というわけで、外人さんにとってはつきあいにくい、やりにくいタイプなんでしょうね。ま、そのこだわる面をいくらか緩和し、修正しようと、海外友好交流なんかやっているところもあるんですがね。
で、今回の御菓子ですが、栗あんこに小豆あんこが包まれている姿が乙女をますらおが包みこんでいる姿に喩えられます。う~ん、今回のコメントはちょっと最後に色恋の要素が入ってしまったようです。ごめんなさい。
by 銀鏡反応 (2006-03-05 12:43) 

arbinoni

あんこ学の深さ、早くもはまっています。
アメリカ人の子供にはあんこが苦手な子が多いんですよ。アメリカで育ったうちの子は大好きですけどね。やはり遺伝子に関係しているのですね。大人になると「ヘルシーだ」とか言って皆食べますけどね。

「・・・じい」のところに期待してしまったのですが、これは「学」のgyだったのですね。そこだけちょっとがっかりです(?)

天野さんは名作「ぼくのおじいちゃんのかお」の天野さんですよね!?
また復刊運動を呼びかけています。トラックバックがうまくできないので、コメントに書くことをお許しください。

読者の皆さんも是非、「ぼくのおじいちゃんのかお」復刊に一票をお願いします!
http://blog.livedoor.jp/arbinoni/archives/50292016.html
by arbinoni (2006-03-07 17:47) 

スティッチの親分

arbinoniさん♪
「ぼくのおじいちゃんのかお」は天野祐吉さんで正解ですよ♪
今、投票してきました!
ここに来てるみなさーん!
読み逃げしてるみなさーん!
あと80票ちょいで復刊できるんです!
どうか協力お願いします!
http://www.fukkan.com/vote.php3?no=24605
↑からなんですけどみなさん、見れますかぁ?
みなさま、投票宜しくお願いします!!
by スティッチの親分 (2006-03-07 23:36) 

わかば

「ぼくのおじいちゃんのかお」早速、投票してきました。
復刊するためのサイトがあること、初めて知りました。
いいものはやはり、残さないといけませんよね。
文化もそうだし、あんこもそう。
なぜ、「小豆でないとだめ」だったのか、とても気になります。
こうして、このサイトを足しげく?!のぞいてしまうんですよね…
それにしても、いつもいつも美味しそうなお菓子が集まってますね!!
栗のお菓子がとっても食べたくなってしまいました。
しかし、「一斤染」は手に入りそうにないので、和菓子ではありませんがマロングラッセを食べたいと思います…
またまた朝イチ、買いに走らねば(> <)
by わかば (2006-03-08 00:50) 

吉ちょむ

“鎖国”って面白いシステムだなぁと思うんです。
そりゃ理屈をこねれば欠点もありますが(これは逆もそうですね)。
いじいじと世界から隠れてしまおうというんではなく。
南蛮や中国や琉球を窓口として、世界とほどよくお付き合いしようと。
よく“「不自由の中の自由こそ本物!”みたいな言葉を耳にしますが。
江戸時代ってそういう時代だったのかなって。
“あんこ”も江戸時代に変幻自在になったのでしょうか?
by 吉ちょむ (2006-03-08 10:45) 

TOMOはは

初めて伺いました!あんこは、こし餡大好き人間です。
それほどいろいろ食べたわけではありませんが、
お伊勢さんの赤福のアノ透明なこし餡が好きです。

さて昨日偶然、お写真にありました栗のお菓子によく似た“くり羽二重”を
夫の母の友人のお取り寄せをおすそ分けしていただいて、食べました。
しっとり滑らかな上品なお味でした。
こちらは、平塚のほうのお菓子屋さんだったようです。

くりといえば、以前岐阜の大学に行っておりましたので
季節にしかいただけない、栗100%を茶巾絞りにした“栗きんとん”の
栗の香りと抑え目の甘さがとても懐かしいです!

またあんこ談義にお邪魔いたします!!
by TOMOはは (2006-03-08 19:50) 

gillman

こんばんは
ソネフブロが遅くって、中々ここまでたどり着かないで困っとります。
考えてみると、日本文化は多くの点で二重性を持っていますね。
内部に対する自己同一性と外部に対する過敏な感覚、
東の文化圏と西の文化圏、
北方気質と南方気質、
戦国や江戸庶民のおおらかさと儒教的な律儀さ、など。
それらが時代の流れや国の置かれた状況で片方の性質が浮かび上がってくる、そんなしたたかさがあるんじゃないでしょうか。
あんこも、「つぶあん」と「こしあん」の二重性を使い分けているんじゃないでしょうかね。
by gillman (2006-03-09 22:21) 

あまの

「スティッチの親分」さん。おっしゃるとおり、あんこの洗練は、茶の湯の発展と大きな関係があると、あんころ爺も思っとります。和菓子のデザインの、あの精妙なこと。そんなにヒマなのかい、と言いたくなるほど、こってますよね。

「tami」さん。ぼくの見るところ、四国の高松は大阪に気風が似ています。距離的に近いから、大阪の影響をモロに受けたんでしょうね。が、高松の隣の松山は、ぜんぜん大阪風じゃない。むしろ東京志向が強いんですね。なにがどこでどう洪水になり、雨漏りになったか。そうだ、次回のブログは、そのこと書こうかな。

「銀鏡反応」さん。和菓子のデザインって、ほんと、おもしろい。あっさりタイプやねばっこいタイプや、いろっぽいタイプや謹厳そうなタイプや、見ていてあきることがありません。で、全体に「自然と人間」を愛情こめて模写している感じがすばらしい。食べるのが惜しいなあ、なんて言いながら、毎日食べてます。

「arbinoni」さん。ありがとう。あの本は、加藤さんに自由に感情表現をしてもらって、できた写真をあれこれ見ながら、文章をつけました。すてきな人でしたよ。スライドであの写真をスクリーンに映しながら、ぼくが朗読をしたこともありますが、あれは黙読より音読してほしい本です。バックにアルビノーニのオーボエ協奏曲なんかが入ると、ちょうどいいかもしれませんね。ついでながら、数日前に新しい絵本、出しました。福音館書店のかがくのともの最新刊で、「このよでいちばんはやいのは」という絵本です。すいません、宣伝しちゃいました。

「わかば」さん。どうして「あずき」でなければならなかったか。スルドイご質問にタジタジですが、ほんとのことはわかりません。で、これからますます嘘の森に踏み込んでいきます。ひとりじゃこわいから、ぜひつきあってください。

「吉ちょむ」さん。江戸時代のイメージを、ことさら暗くしたのは、明治政府の宣伝効果でしょうね。江戸を必要以上に暗くすることで、明治を実質以上に明るく見せようとしたんじゃないでしょうか。江戸時代といまと、どっちに生まれたかったかと聞かれたら、ぼくはちゅうちょな「江戸
時代」って答えます。ま、日本に限らず、18世紀は人類史上いちばん面白い世紀だったんじゃないでしょうか。

「TOMOはは」さん。ようこそ。栗きんとんはいいですね。大好物です。でも、高くて、なかなか手がでない。で、昔は、芋ようかんでがまんしました。でももう、がまんする歳じゃない。食べます。

「gilman」さん。二重性ですね、たしかにカギは。このへんからむずかしい話になりそうですが、ぼくはむずかしいことはわからないので、バカ話で進みます。これからもよろしく。それにしても、ソネブロは遅くて、ユックリズムのぼくもいらだつくらいです。
by あまの (2006-03-11 10:27) 

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