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<title>天野祐吉のあんころじい</title>
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<description>方言放言</description>
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<dc:creator>あまの</dc:creator>
<dc:date>2010-02-09T22:55:46+09:00</dc:date>
<dc:language>ja</dc:language>
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<item rdf:about="http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-02-09">
<title>さようなら、立松さん。</title>
<link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-02-09</link>
<description>立松和平さんが亡くなったというニュースにびっくり。しばらく言葉を失った。何度か、テレビやシンポジュームでご一緒したというだけのおつき合いだが、それだけでも、優しさとぬくもりのある方だということがよくわかった。あれは、何かのシンポジュームのときだった。ＪＲ東海の「そうだ、京都行こう」というＣＭの話が出て、「あれは文化の深い歴史を持った京都だからいいんで、“そうだ宇都宮行こう”ではピンとこない」とぼくが言ったら、立松さんが「すいません、ぼくの郷里、宇都宮です」と言われて、口は災いのもと、心臓が凍った想い出がある。シンポジュームが終わった後で、立松さんに「さっきは失礼しました」とあやまったのだが、立松さんはいつものようにニコニコと、おおらかな笑顔で許してくれた。それにしても、あの立松さんが６２歳で亡くなるなんて。明るい、ぬくもりのあるあの笑顔にもう会えないのかと思うと、とてもさびしい。立松さん、ありがとう、そして、さようなら。（写真は、何かの対談でお会いしたときのもの。撮ってくれたのは写真家の佐野美樹さんです）</description>
<dc:subject>ことばの元気学</dc:subject>
<dc:creator>あまの</dc:creator>
<dc:date>2010-02-09T22:55:46+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/01010101.jpg" width="250" height="375" border="0" align="" alt="01010101.jpg" /><p>立松和平さんが亡くなったというニュースにびっくり。しばらく言葉を失った。<br />
何度か、テレビやシンポジュームでご一緒したというだけのおつき合いだが、それだけでも、優しさとぬくもりのある方だということがよくわかった。<br />
あれは、何かのシンポジュームのときだった。ＪＲ東海の「そうだ、京都行こう」というＣＭの話が出て、「あれは文化の深い歴史を持った京都だからいいんで、“そうだ宇都宮行こう”ではピンとこない」とぼくが言ったら、立松さんが「すいません、ぼくの郷里、宇都宮です」と言われて、口は災いのもと、心臓が凍った想い出がある。<br />
シンポジュームが終わった後で、立松さんに「さっきは失礼しました」とあやまったのだが、立松さんはいつものようにニコニコと、おおらかな笑顔で許してくれた。<br />
それにしても、あの立松さんが６２歳で亡くなるなんて。明るい、ぬくもりのあるあの笑顔にもう会えないのかと思うと、とてもさびしい。<br />
立松さん、ありがとう、そして、さようなら。<br />
（写真は、何かの対談でお会いしたときのもの。撮ってくれたのは写真家の佐野美樹さんです）<a name="more"></a></p></p>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-02-05">
<title>ぼくの愛蔵品</title>
<link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-02-05</link>
<description>品格って、なんだろう。朝青竜も小沢さんも、あまり品格のある人って感じはしないけど、いちばん品格がないのは、それを大騒ぎで報道しているテレビなんじゃないかなあ。そうそう、鳩山さんの施政方針演説は、品格があったね。あの原稿って、平田オリザさんが書いたのかな。とても、言葉に品格があった。いろいろ文句を言われてもいいから、あの精神で、鳩山さんは思いっきりやればいいよ。ところで一転、きょうはぼくの品格ある愛用品を見てもらいたい。これ、なんだかわかりますか。わからないでしょう。正面から見てると、まっ黒で何も見えない。でも、ちょっと斜めにすると、光のぐあいで正体がわかります。これです。いいでしょ？これ、すごく気に入ってます。お店でこれを見つけた瞬間に買いました。時計にお金を払ったんじゃありません。こういうアホなものを考え出した人に、払ったんです。「ばかだなあ賞」です。実はこれと同じ、まっ黒の腕時計を、むかし持っていました。で、それを買ったときの思いを、ある雑誌に書いたことがあります。以下、それを再録。このデザインを思いついた人はエライ、とぼくは思った。だいたい時計というのは、文明の象徴である。時計のおかげで、ぼくらはすばらしい未開社会と決別しなければならなくなった。そして、「時間」を「時刻」のドレイにする社会に足を踏み入れてしまったのである。まっ黒なこの時計は、そういう文明の罪を恥じているところがいい。別の言い方をすれば、時刻にふりまわされている文明社会を、ヘラヘラ笑っているところがいい。この時計は時計のくせに、「時計なんかなくていいじゃない」と言っているところが、ぼくはとても気に入ってしまったのだ。案の定、この時計は役に立たなかった。講演の途中でこの時計を見たが、どうやっても時間が見えない。おかげでぼくは、１時間半の予定の講演を2時間あまりやってしまった。終わった後で係の人は渋い顔をしていたが、だいたい話が盛り上がっているときに「そろそろお時間です」なんてメモを差し入れるなんていう世間のジョーシキは間違っている。この時計でない時計のおかげで、ぼくと客席の人たちは、「講演の時間は中身が決めるのであって、時間が中身を決めるのではない」というスバラシイ真理を発見してしまったのであった。</description>
<dc:subject>ことばの元気学</dc:subject>
<dc:creator>あまの</dc:creator>
<dc:date>2010-02-05T13:47:13+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
品格って、なんだろう。<br />
朝青竜も小沢さんも、あまり品格のある人って感じはしないけど、いちばん品格がないのは、それを大騒ぎで報道しているテレビなんじゃないかなあ。<br />
そうそう、鳩山さんの施政方針演説は、品格があったね。あの原稿って、平田オリザさんが書いたのかな。とても、言葉に品格があった。いろいろ文句を言われてもいいから、あの精神で、鳩山さんは思いっきりやればいいよ。<br />
<br />
ところで一転、きょうはぼくの品格ある愛用品を見てもらいたい。<br />
<br />
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/2010020510490000.jpg" width="211" height="219" border="0" align="" alt="2010020510490000.jpg" /></p>これ、なんだかわかりますか。<br />
わからないでしょう。<br />
正面から見てると、まっ黒で何も見えない。<br />
でも、ちょっと斜めにすると、光のぐあいで正体がわかります。これです。<br />
<br />
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/2010020510510000.jpg" width="205" height="219" border="0" align="" alt="2010020510510000.jpg" /></p>いいでしょ？これ、すごく気に入ってます。お店でこれを見つけた瞬間に買いました。<br />
時計にお金を払ったんじゃありません。こういうアホなものを考え出した人に、払ったんです。「ばかだなあ賞」です。<br />
<br />
実はこれと同じ、まっ黒の腕時計を、むかし持っていました。で、それを買ったときの思いを、ある雑誌に書いたことがあります。以下、それを再録。<br />
<br />
このデザインを思いついた人はエライ、とぼくは思った。だいたい時計というのは、文明の象徴である。時計のおかげで、ぼくらはすばらしい未開社会と決別しなければならなくなった。そして、「時間」を「時刻」のドレイにする社会に足を踏み入れてしまったのである。<br />
まっ黒なこの時計は、そういう文明の罪を恥じているところがいい。別の言い方をすれば、時刻にふりまわされている文明社会を、ヘラヘラ笑っているところがいい。この時計は時計のくせに、「時計なんかなくていいじゃない」と言っているところが、ぼくはとても気に入ってしまったのだ。<br />
案の定、この時計は役に立たなかった。講演の途中でこの時計を見たが、どうやっても時間が見えない。おかげでぼくは、１時間半の予定の講演を2時間あまりやってしまった。終わった後で係の人は渋い顔をしていたが、だいたい話が盛り上がっているときに「そろそろお時間です」なんてメモを差し入れるなんていう世間のジョーシキは間違っている。この時計でない時計のおかげで、ぼくと客席の人たちは、「講演の時間は中身が決めるのであって、時間が中身を決めるのではない」というスバラシイ真理を発見してしまったのであった。<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-01-30-1">
<title>子守唄は哀しい</title>
<link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-01-30-1</link>
<description>子守唄って、世界中にたくさんあるんだよね。おもしろいね。子どもを寝かすには歌がいいっていう知恵は、世界共通なんだね。音楽の催眠効果。ぼくなんか、モーツアルトを聴いてると、すぐ寝ちゃう。うん、バッハも寝ちゃうな。でも、有名な「モーツアルトの子守歌」は、モーツアルトの作曲じゃないんだよね。フリースという人が作った曲なんだけど、モーツアルトの死後にこの楽譜が見つかったとき、こんな美しい曲を書けるのはモーツアルト以外にいるはずがないっていうんで、「モーツアルトの子守歌」になっちゃった。眠れよい子よ　庭や牧場に鳥も羊も　みんな眠れば月は窓から　銀の光をそそぐこの夜　眠れよい子よ眠れや堀内敬三さんの訳詞がまたすばらしい。これを聴いて寝ないような子は、始末におえないガキだね。でも、「モーツアルトの子守歌」みたいに愛にあふれた曲にくらべると、日本の子守唄は哀しいものが多いんだよね。「五木の子守唄」とか「竹田の子守唄」とか、とくに子守り奉公の子たちがうたった守子唄には、聴いていてつらくなるようなものがとても多い。昔は、貧しい家の女の子が、人べらしのために町家に子守奉公に出されたんだよね。つらい奉公が多かったらしいね。そういう子が、泣いてる赤ん坊をあやすために、自分の思いを唄にしてうたった。本当は、泣きたいのは自分なのに。そんな守り子唄の歌詞を、モーツアルトの子守歌とくらべてみるといい。おどま盆ぎり盆ぎり盆から先ゃおらんど盆がはよ来りゃ　はよもどるおどんが打っ死（ち）んちゅて誰が泣やっちゃくりゅうきゃ裏の松山　蝉が泣く　おどんが打っ死んずろば道ばちゃ埋（い）けろ通る人ごて　花あぐる花はなんの花　つんつん椿水は天から　もらい水ついでに、もうひとつ。赤坂憲雄さんの「子守唄の誕生」には、こんな唄も紹介されている。このテの唄は、関東以南ではざらにあるんだそうな。こん子憎らし　おどんが抱けばなんもせんのに　すぐに泣くねんね一ぺんいうて　ねむらぬ餓鬼は頭たたいて　尻ねずむねんねして泣く子にゃ　乳のませ乳をのませて　泣かんよにねんねした子の可愛さむぞさおきて泣く子の　つらにくさ「貧しさ」というのは、本当に哀しい。許せない。そして、ひとごとじゃない。ハイチのことを「最貧国」なんていってるけど、日本にも貧困はいっぱいあったし、いまもある。物質的な貧乏は少なくなっても、精神的な貧しさは、むしろ増すばかりだ。心の面からいえば、日本だって「最貧国」のひとつ..</description>
<dc:subject>ことばの元気学</dc:subject>
<dc:creator>あまの</dc:creator>
<dc:date>2010-01-30T09:37:05+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/komori.jpg" width="200" height="270" border="0" align="" alt="komori.jpg" /></p>子守唄って、世界中にたくさんあるんだよね。<br />
おもしろいね。子どもを寝かすには歌がいいっていう知恵は、世界共通なんだね。<br />
<br />
音楽の催眠効果。ぼくなんか、モーツアルトを聴いてると、すぐ寝ちゃう。うん、バッハも寝ちゃうな。<br />
でも、有名な「モーツアルトの子守歌」は、モーツアルトの作曲じゃないんだよね。フリースという人が作った曲なんだけど、モーツアルトの死後にこの楽譜が見つかったとき、こんな美しい曲を書けるのはモーツアルト以外にいるはずがないっていうんで、「モーツアルトの子守歌」になっちゃった。<br />
<br />
眠れよい子よ　庭や牧場に<br />
鳥も羊も　みんな眠れば<br />
月は窓から　銀の光を<br />
そそぐこの夜　眠れよい子よ<br />
眠れや<br />
<br />
堀内敬三さんの訳詞がまたすばらしい。これを聴いて寝ないような子は、始末におえないガキだね。<br />
<br />
でも、「モーツアルトの子守歌」みたいに愛にあふれた曲にくらべると、日本の子守唄は哀しいものが多いんだよね。<br />
「五木の子守唄」とか「竹田の子守唄」とか、とくに子守り奉公の子たちがうたった守子唄には、聴いていてつらくなるようなものがとても多い。<br />
昔は、貧しい家の女の子が、人べらしのために町家に子守奉公に出されたんだよね。<br />
つらい奉公が多かったらしいね。<br />
そういう子が、泣いてる赤ん坊をあやすために、自分の思いを唄にしてうたった。本当は、泣きたいのは自分なのに。<br />
そんな守り子唄の歌詞を、モーツアルトの子守歌とくらべてみるといい。<br />
<br />
おどま盆ぎり盆ぎり<br />
盆から先ゃおらんど<br />
盆がはよ来りゃ　はよもどる<br />
<br />
おどんが打っ死（ち）んちゅて<br />
誰が泣やっちゃくりゅうきゃ<br />
裏の松山　蝉が泣く<br />
　<br />
おどんが打っ死んずろば<br />
道ばちゃ埋（い）けろ<br />
通る人ごて　花あぐる<br />
<br />
花はなんの花　つんつん椿<br />
水は天から　もらい水<br />
<br />
ついでに、もうひとつ。赤坂憲雄さんの「子守唄の誕生」には、こんな唄も紹介されている。このテの唄は、関東以南ではざらにあるんだそうな。<br />
<br />
こん子憎らし　おどんが抱けば<br />
なんもせんのに　すぐに泣く<br />
ねんね一ぺんいうて　ねむらぬ餓鬼は<br />
頭たたいて　尻ねずむ<br />
ねんねして泣く子にゃ　乳のませ<br />
乳をのませて　泣かんよに<br />
ねんねした子の可愛さむぞさ<br />
おきて泣く子の　つらにくさ<br />
<br />
「貧しさ」というのは、本当に哀しい。許せない。そして、ひとごとじゃない。<br />
ハイチのことを「最貧国」なんていってるけど、日本にも貧困はいっぱいあったし、いまもある。物質的な貧乏は少なくなっても、精神的な貧しさは、むしろ増すばかりだ。心の面からいえば、日本だって「最貧国」のひとつなんじゃないだろうか。<br />
でもなあ、物質的な貧乏を退治するより、心の貧乏を退治するのは、ずっとむずかしいんだよなあ。でもなあ、知恵をしぼって、そこをなんとしてもやらなくっちゃ。<br />
（と、日本の隠居は思うのだった）<br />
<br />
（写真は熊本県五木村の子守唄公園にある銅像。「気になるくまもと」12号より）<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-01-28">
<title>大阪弁は嫌いだ</title>
<link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-01-28</link>
<description>大阪弁は嫌いじゃない。むしろ、あの独特のやわらかさと、飾りっ気のない物言いが好きだった。東京弁というか、標準語は、へんに気取ったところがある。かっこつけたところがある。それにくらべると、大阪弁の表現は率直で、ミもフタもないくらいリアルなところがあって、そこがとてもいいなと思っていた。が、このところ、大阪弁が気に障ることが多くなった。とくに、若手のお笑い芸人の大阪弁が、どうもいけない。うるさい。品がない。図に乗っている。大阪弁を耳にする機会が多くなったせいもある。昔は大阪弁を聞くことは、それほどなかった。ラジオから聞こえてくる「エンタツ・アチャコ」や「いとし・こいし」の漫才くらいだった。が、いまは違う。テレビから聞こえてくることばは、半分くらいは大阪弁じゃないかと思えるくらい大阪弁があふれている。昔は、たまに方言が聞こえてくることもあるけれど、テレビから流れてくることばの９０％は共通語（標準語）だった。それが、明石家さんまの登場あたりから大阪弁がどんどんふえはじめ、いまや日本のテレビは大阪弁に占領されてしまった観がある。このぶんでいくと、いまに日本は大阪弁が標準語になるんじゃないかという感じさえするくらいだ。ま、それならそれでいい。いまの標準語が、別にいいとは思わない。が、どうも気に障るのは、若い大阪芸人たちの使う言葉の、品がないことだ。別に上品ぶる必要はない。むしろ大阪弁には、標準語のお上品ぶった嘘くささを暴き、破壊するよさがあり、それが魅力でもあった。ミモフタもないところに、飾り気のない率直さがあった。飾らないことの品位があった。が、いまテレビにはんらんしている大阪弁には、ミモもフタもないどころか、ナカミもない。あるのは、悪ふざけと薄っぺらなくすぐりだけだ。そこには、大阪弁ならではの、大阪弁本来のよさが、ほとんど感じられない。かなしいことである。こんな大阪弁が標準語になるくらいなら、むしろ、秋田弁が標準語になるほうがよっぽどいい。（と、東京の隠居は思うのだった）</description>
<dc:subject>ことばの元気学</dc:subject>
<dc:creator>あまの</dc:creator>
<dc:date>2010-01-28T18:55:43+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/kansaigeinin.jpg" width="280" height="180" border="0" align="" alt="kansaigeinin.jpg" /></p>大阪弁は嫌いじゃない。むしろ、あの独特のやわらかさと、飾りっ気のない物言いが好きだった。<br />
東京弁というか、標準語は、へんに気取ったところがある。かっこつけたところがある。<br />
それにくらべると、大阪弁の表現は率直で、ミもフタもないくらいリアルなところがあって、そこがとてもいいなと思っていた。<br />
<br />
が、このところ、大阪弁が気に障ることが多くなった。<br />
とくに、若手のお笑い芸人の大阪弁が、どうもいけない。うるさい。品がない。図に乗っている。<br />
<br />
大阪弁を耳にする機会が多くなったせいもある。<br />
昔は大阪弁を聞くことは、それほどなかった。<br />
ラジオから聞こえてくる「エンタツ・アチャコ」や「いとし・こいし」の漫才くらいだった。<br />
<br />
が、いまは違う。<br />
テレビから聞こえてくることばは、半分くらいは大阪弁じゃないかと思えるくらい大阪弁があふれている。<br />
昔は、たまに方言が聞こえてくることもあるけれど、テレビから流れてくることばの９０％は共通語（標準語）だった。<br />
それが、明石家さんまの登場あたりから大阪弁がどんどんふえはじめ、いまや日本のテレビは大阪弁に占領されてしまった観がある。<br />
このぶんでいくと、いまに日本は大阪弁が標準語になるんじゃないかという感じさえするくらいだ。<br />
<br />
ま、それならそれでいい。いまの標準語が、別にいいとは思わない。<br />
が、どうも気に障るのは、若い大阪芸人たちの使う言葉の、品がないことだ。<br />
別に上品ぶる必要はない。むしろ大阪弁には、標準語のお上品ぶった嘘くささを暴き、破壊するよさがあり、それが魅力でもあった。ミモフタもないところに、飾り気のない率直さがあった。飾らないことの品位があった。<br />
<br />
が、いまテレビにはんらんしている大阪弁には、ミモもフタもないどころか、ナカミもない。あるのは、悪ふざけと薄っぺらなくすぐりだけだ。そこには、大阪弁ならではの、大阪弁本来のよさが、ほとんど感じられない。<br />
<br />
かなしいことである。こんな大阪弁が標準語になるくらいなら、むしろ、秋田弁が標準語になるほうがよっぽどいい。<br />
（と、東京の隠居は思うのだった）<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-01-25">
<title>飲んだらのれん</title>
<link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-01-25</link>
<description>大分で、こんなのれんを見つけました。ミニチュアですが、本物は大分の料理屋さんなんかにかかっているんでしょうか。昔、秋田の路上で、こんな交通安全ポスターを見つけたときもうれしかったなあ。飲んだら乗るな、乗るなら飲むな。なんぼいったらわがるんだ。大分のも秋田のも、方言の力は強いね。</description>
<dc:subject>ことばの元気学</dc:subject>
<dc:creator>あまの</dc:creator>
<dc:date>2010-01-25T22:33:33+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/20100.jpg" width="280" height="373" border="0" align="" alt="20100.jpg" /></p>大分で、こんなのれんを見つけました。ミニチュアですが、本物は大分の料理屋さんなんかにかかっているんでしょうか。<br />
<br />
昔、秋田の路上で、こんな交通安全ポスターを見つけたときもうれしかったなあ。<br />
<br />
<span style="color:#980000;">飲んだら乗るな、乗るなら飲むな。なんぼいったらわがるんだ。</span><br />
<br />
大分のも秋田のも、方言の力は強いね。<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-01-22">
<title>どこまでつづくぬかるみぞ</title>
<link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-01-22</link>
<description>ゆうべ、小沢さんのニュースを見ていたら、とつぜん頭の中で、♪どこまでつづくぬかるみぞ～という歌が流れ始めた。戦前の軍歌。小さい頃、よく歌っていた歌だ。どこまでつづくぬかるみぞ三日ふた夜を食もなく雨ふりしぶく鉄かぶと軍歌というのは、士気昂揚をねらった勇ましい歌が多いのだが、これは全然違う。三日ふた晩、食べるものもなく、万里の長城みたいに果てしなくつづくぬかるみの中を歩き続けて、ああいやだいやだ、って感じの厭戦的な歌である。小沢さんと検察のケンカは、どっちが正しいのかはわからない。が、日本が大きく変わらなきゃいけないときに、相も変わらず政治とカネの問題でがたがたモメている姿を見ていると、どこまでつづくぬかるみぞ、うんざりを通り越してＮewスーパーマリオブラザーズをつづける戦意も失われてしまう。でも、そうは言ってもいられない。これを最後の機会にして、カネで動く政治を根絶するような改革をやらなくっちゃ。とくに、企業献金なんてインチキなものは即刻禁止にしたほうがいい。頭の悪そうな顔を並べた選挙ポスターなんかもいらないし、宣伝カーで芸もなく名前を連呼する選挙宣伝もやめろ。選挙区別に立候補者の討論会を何度もやって、テレビで中継すればいいじゃないか。東京だったら、１区は日本テレビ、２区はＴＢＳテレビ、３区はフジテレビっていうふうに中継局を分ければいい。政治を変えようと思ったら、まず選挙のあり方から根本から変えることだ。公職選挙法なんて、時代遅れのものも思いっきり変えなきゃ。あ、いけねえ、血圧が上がった。このへんで、マリオを再開しなくっちゃ。</description>
<dc:subject>隠居のくり言</dc:subject>
<dc:creator>あまの</dc:creator>
<dc:date>2010-01-22T00:09:40+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/1-f5ef8.jpg" width="300" height="263" border="0" align="" alt="1.jpg" /></p><br />
ゆうべ、小沢さんのニュースを見ていたら、とつぜん頭の中で、<br />
♪どこまでつづくぬかるみぞ～<br />
という歌が流れ始めた。<br />
戦前の軍歌。小さい頃、よく歌っていた歌だ。<br />
<br />
どこまでつづくぬかるみぞ<br />
三日ふた夜を食もなく<br />
雨ふりしぶく鉄かぶと<br />
<br />
軍歌というのは、士気昂揚をねらった勇ましい歌が多いのだが、これは全然違う。<br />
三日ふた晩、食べるものもなく、万里の長城みたいに果てしなくつづくぬかるみの中を歩き続けて、ああいやだいやだ、って感じの厭戦的な歌である。<br />
<br />
小沢さんと検察のケンカは、どっちが正しいのかはわからない。が、日本が大きく変わらなきゃいけないときに、相も変わらず政治とカネの問題でがたがたモメている姿を見ていると、どこまでつづくぬかるみぞ、うんざりを通り越してＮewスーパーマリオブラザーズをつづける戦意も失われてしまう。<br />
<br />
でも、そうは言ってもいられない。<br />
これを最後の機会にして、カネで動く政治を根絶するような改革をやらなくっちゃ。<br />
とくに、企業献金なんてインチキなものは即刻禁止にしたほうがいい。<br />
頭の悪そうな顔を並べた選挙ポスターなんかもいらないし、宣伝カーで芸もなく名前を連呼する選挙宣伝もやめろ。<br />
選挙区別に立候補者の討論会を何度もやって、テレビで中継すればいいじゃないか。<br />
東京だったら、１区は日本テレビ、２区はＴＢＳテレビ、３区はフジテレビっていうふうに中継局を分ければいい。<br />
政治を変えようと思ったら、まず選挙のあり方から根本から変えることだ。公職選挙法なんて、時代遅れのものも思いっきり変えなきゃ。<br />
<br />
あ、いけねえ、血圧が上がった。<br />
このへんで、マリオを再開しなくっちゃ。<br />
<br />
<br />
<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-01-17">
<title>半月遅れのお年賀</title>
<link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2010-01-17</link>
<description>今年は少数の友人に、こんな年賀状を送りました。で、これからこのブログでは、｢隠居の繰り言」を書いていこうと思っています。（隠居は暇なんだから、更新もまめにしなくっちゃ）というわけで、とりあえず、半月遅れのお年賀まで。</description>
<dc:subject>ことばの元気学</dc:subject>
<dc:creator>あまの</dc:creator>
<dc:date>2010-01-17T02:03:55+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/1ab00.jpg" width="250" height="380" border="0" align="" alt="1ab00.jpg" /></p>今年は少数の友人に、こんな年賀状を送りました。<br />
で、これからこのブログでは、｢隠居の繰り言」を書いていこうと思っています。<br />
（隠居は暇なんだから、更新もまめにしなくっちゃ）<br />
というわけで、とりあえず、半月遅れのお年賀まで。<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-12-31">
<title>宇宙人の話（おまけ）</title>
<link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-12-31</link>
<description>さて、鳩山首相は、残念ながら、谷内六郎さんが宇宙人であるという意味では、宇宙人とは言えません。が、安部さんや麻生さんにくらべたら、顔だけでなく、ずっとその資質がある。環境問題や日米関係のあり方に対する彼の理想主義的な姿勢に、その資質がのぞいているような気がします。環境問題についていえば、国益なんてケチな枠にとらわれずに、宇宙に生きる生き物の目で問題をとらえ、発言をしているように見える。日米関係についていえば、これまでの上下的関係から、なんとか横並びの関係に変えていこうとしている積極的な意思があるように見える。そういう鳩山さんを、世間知らずのお坊ちゃんみたにバカにする人もいますが、いいんじゃないですか、それで。宇宙人は世間知らずなんです。そこがいいとこなんです。古今東西の政治家の中で、ぼくが１００％濃縮還元の宇宙人だと思っているのは、インドのガンジーさんです。あまりにスケールが違いすぎて、比較するのも気が引けますが、鳩山さんも一生懸命がんばれば、少しはガンさんに近づくことができるんじゃないか。そんなふうに、ぼくはひそかに期待してるんですね。もっとも、その鳩山さんは、いまやマスコミに袋だたきになっている。そうなる理由ももわからないではありませんが、いまのマスコミは、人をけなすことは知っていても、ほめることを知らなさすぎです。モンクをつけるより、いまは鳩山さんの可能性に賭けて、彼をもっともっとヤル気にさせることが必要なんじゃないかと、ぼくは思っています。「もしかしたら自分は本当の宇宙人じゃないか」と、鳩山さんに錯覚させてあげるほうがいいんじゃないかという気がする。で、私財を惜しげなく派遣村に寄付してくれたらいいと思うんですね。それにしても、ガンジーさんという人はすごかった。あの人が遺した言葉を読み返すたびに、ぼくは心が洗われる気がします。で、初夢の中で、こんな人に会えたらいいなと思っているんですが、甘いでしょうかね。</description>
<dc:subject>ことばの元気学</dc:subject>
<dc:creator>あまの</dc:creator>
<dc:date>2009-12-31T10:13:50+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/E9B3A9EFBC91.jpg" width="170" height="200" border="0" align="" alt="鳩１.jpg" /></p>さて、鳩山首相は、残念ながら、谷内六郎さんが宇宙人であるという意味では、宇宙人とは言えません。<br />
が、安部さんや麻生さんにくらべたら、顔だけでなく、ずっとその資質がある。<br />
環境問題や日米関係のあり方に対する彼の理想主義的な姿勢に、その資質がのぞいているような気がします。<br />
環境問題についていえば、国益なんてケチな枠にとらわれずに、宇宙に生きる生き物の目で問題をとらえ、発言をしているように見える。<br />
日米関係についていえば、これまでの上下的関係から、なんとか横並びの関係に変えていこうとしている積極的な意思があるように見える。<br />
そういう鳩山さんを、世間知らずのお坊ちゃんみたにバカにする人もいますが、いいんじゃないですか、それで。宇宙人は世間知らずなんです。そこがいいとこなんです。<br />
<br />
古今東西の政治家の中で、ぼくが１００％濃縮還元の宇宙人だと思っているのは、インドのガンジーさんです。あまりにスケールが違いすぎて、比較するのも気が引けますが、鳩山さんも一生懸命がんばれば、少しはガンさんに近づくことができるんじゃないか。そんなふうに、ぼくはひそかに期待してるんですね。<br />
<br />
もっとも、その鳩山さんは、いまやマスコミに袋だたきになっている。そうなる理由ももわからないではありませんが、いまのマスコミは、人をけなすことは知っていても、ほめることを知らなさすぎです。<br />
モンクをつけるより、いまは鳩山さんの可能性に賭けて、彼をもっともっとヤル気にさせることが必要なんじゃないかと、ぼくは思っています。<br />
「もしかしたら自分は本当の宇宙人じゃないか」と、鳩山さんに錯覚させてあげるほうがいいんじゃないかという気がする。<br />
で、私財を惜しげなく派遣村に寄付してくれたらいいと思うんですね。<br />
<br />
それにしても、ガンジーさんという人はすごかった。<br />
あの人が遺した言葉を読み返すたびに、ぼくは心が洗われる気がします。<br />
で、初夢の中で、こんな人に会えたらいいなと思っているんですが、甘いでしょうかね。<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/E9B3A9EFBC92.jpg" width="200" height="320" border="0" align="" alt="鳩２.jpg" /></p><br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-12-27">
<title>宇宙人の話（４）</title>
<link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-12-27</link>
<description>谷内さんの絵には、多かれ少なかれ、「いつかどこかで見た風景」を思わせるものがある。そのことから、ぼくはむかし、谷内さんを「日本人の原風景を描きつづけた画家」と言ったことがありました。そんな中でも、この「夜の公衆電話」(１９７４年）は、ぼくの大好きな作品のひとつです。あれは千葉県の知り合いの農家に疎開していた小学生のときでした、ぼくはこれとまったく同じ風景を見た記憶があるんです。正直に言うと、そのとき電話をしていたのは、実はキツネではなく、キツネ顔の女の人でした。当時はもちろんケータイなんてものはありませんし、電話のない家が多かった。夜更けに公衆電話で電話をするなんていうのは、よほどの緊急事態でない限り、ほとんど見られなかった時代です。それだけに、そのときのその光景は、子どもごころに強く印象づけられました。そんな記憶があったから、この谷内さんの絵を見たとき、ぼくは思わず息をのみました。そして、「そうだ、あれはキツネだったのかもしれない、キツネが女の人に見えたのかもしれない、そうだ、そうに違いない」と思ったものです。ちなみに、この絵につけられた谷内さんの「表紙のことば」は、こうです。夜になると樹木は生気をおびて人のように笑うのかもしれません、昼間は眠ったふりをしているのかもしれません。シトシトと雨の降る夜、電話ボックスの光が樹木をボワーッと巨大に見せています。電話ボックスの中にはたしかに誰かいるようです、光がシラシラと動いているのです、もしかするとキツネが電話をかけているのかもしれないよ。「モスモス、モスモスわたすの姉ギツネがロイマチスが重くなったんです、至急神主さんに来ていただきたいのです」。キツネはとりとめもなく何べんもくりかえし神主さんに夜の明けるまで電話をかけているのです、白い夜明けの光でキツネは消えるのです、夜明けの光でキツネが消えるところをパトロールのおまわりさんが見たかもしれません。キツネが「モスモス、モスモス」と東北弁でしゃべっている声まで、谷内さんはちゃんと聞きとっている。これはやっぱり、空想の産物なんかじゃない、まぎれもない現実です。現実の写し絵です。谷内さんは、谷内さんの目に見え、耳に聞こえる風景を、そのまま“写生”したんだと、ぼくは思うのです。こわばった常識や形式にとらわれない宇宙人の目で見たら、こう見えるのがフツーってことなんでしょう、きっと。もっとも、ここでいう“写生”とは、単なる“写実”..</description>
<dc:subject>ことばの元気学</dc:subject>
<dc:creator>あまの</dc:creator>
<dc:date>2009-12-27T23:36:23+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/1m4.jpg" width="240" height="380" border="0" align="" alt="1m4.jpg" /></p>谷内さんの絵には、多かれ少なかれ、「いつかどこかで見た風景」を思わせるものがある。そのことから、ぼくはむかし、谷内さんを「日本人の原風景を描きつづけた画家」と言ったことがありました。<br />
<br />
そんな中でも、この「夜の公衆電話」(１９７４年）は、ぼくの大好きな作品のひとつです。<br />
あれは千葉県の知り合いの農家に疎開していた小学生のときでした、ぼくはこれとまったく同じ風景を見た記憶があるんです。<br />
<br />
正直に言うと、そのとき電話をしていたのは、実はキツネではなく、キツネ顔の女の人でした。当時はもちろんケータイなんてものはありませんし、電話のない家が多かった。夜更けに公衆電話で電話をするなんていうのは、よほどの緊急事態でない限り、ほとんど見られなかった時代です。<br />
それだけに、そのときのその光景は、子どもごころに強く印象づけられました。<br />
そんな記憶があったから、この谷内さんの絵を見たとき、ぼくは思わず息をのみました。そして、「そうだ、あれはキツネだったのかもしれない、キツネが女の人に見えたのかもしれない、そうだ、そうに違いない」と思ったものです。<br />
<br />
ちなみに、この絵につけられた谷内さんの「表紙のことば」は、こうです。<br />
<br />
<span style="color:#980000;">夜になると樹木は生気をおびて人のように笑うのかもしれません、昼間は眠ったふりをしているのかもしれません。</span><br />
<span style="color:#980000;">シトシトと雨の降る夜、電話ボックスの光が樹木をボワーッと巨大に見せています。</span><br />
<span style="color:#980000;">電話ボックスの中にはたしかに誰かいるようです、光がシラシラと動いているのです、もしかするとキツネが電話をかけているのかもしれないよ。</span><br />
<span style="color:#980000;">「モスモス、モスモスわたすの姉ギツネがロイマチスが重くなったんです、至急神主さんに来ていただきたいのです」。</span><br />
<span style="color:#980000;">キツネはとりとめもなく何べんもくりかえし神主さんに夜の明けるまで電話をかけているのです、白い夜明けの光でキツネは消えるのです、夜明けの光でキツネが消えるところをパトロールのおまわりさんが見たかもしれません。</span><br />
<br />
キツネが「モスモス、モスモス」と東北弁でしゃべっている声まで、谷内さんはちゃんと聞きとっている。これはやっぱり、空想の産物なんかじゃない、まぎれもない現実です。現実の写し絵です。谷内さんは、谷内さんの目に見え、耳に聞こえる風景を、そのまま“写生”したんだと、ぼくは思うのです。<br />
こわばった常識や形式にとらわれない宇宙人の目で見たら、こう見えるのがフツーってことなんでしょう、きっと。<br />
<br />
もっとも、ここでいう“写生”とは、単なる“写実”とは違います。それは子規の提唱した“写生文”に共通するものですが、そのことはまたいずれ。<br />
<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-12-23">
<title>宇宙人の話（３）</title>
<link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-12-23</link>
<description>だいぶ前から、ぼくは谷内さんの絵に「メルヘン」とか「ノスタルジー」といったレッテルを貼ることに異議をとなえてきました。たしかに、谷内さんの絵には、そういう面もある。だから、それはそれで間違ってはいないのですが、谷内さんの絵には、もっと深いものがある。こわい、といってもいいようなものがある。そういったことを、あれこれしつこく書いてきたつもりです。が、ぼくのつたない言葉よりも、もっと正確に、もっとするどく、谷内さんの絵の本質を衝いた文章に、３年前に出会いました。「谷内六郎・昭和の想い出」(新潮社）にのっている橋本治さんの「シュールレアリスト谷内六郎」という文章です。ちょっと長くなりますが、その一部を紹介させてください。　谷内六郎は、本質的にシュールレアリストである。彼の中には、ルネ・マルグリットもポール・デルヴォーもアンリ・ルソーも棲んでいる。若い頃の作品には、ベルナール・ビュッフェも少し棲んでいる。しかし、谷内六郎は、それを消化吸収した日本のシュールレアリストというのでもない。彼の絵を見ていると、ルネ・マルグリットやポール・デルヴォーの絵が、「なにかの絵解き」というような気がしてきて、つまらなくなってしまうのである。フランス語の「シュール」は「上」の意味だから、シュールレアリスムは「現実を超えた上」になるのだろうが、谷内六郎は、「現実を超えたものが現実の中に収まって、そのまま現実になっている」なのである。　谷内六郎には「現実」と「幻想」の境目がない。たとえば、「週刊新潮」１９７３年１２月２０日の表紙《こがらしのパレード》である。鼓笛隊になった木枯らしが粉雪のチラシをまいている。私は、これを「メルヘンだ」とは思わずに、「そういうもんだ」と思ってしまう。私ももしかしたらちょっと変わった人間なのかもしれないが、谷内六郎の描く絵の表情がまた、「そういうもんでしょ？」と言っているのである。そして、そう思ってしまうと、この絵は、「冬の訪れ」をメルヘンタッチで表現したものではなくなってしまう。「冬にはこういう景色もありがちだ」と思われてしまう。それは、彼の絵が比喩でも寓意でもなく、ただそのまま、「そういうもんだ」を描いてしまっているからだろう。こわいくらい鋭い分析ですね。実をいうと、この橋本治さんという人は、ぼくがいままでに会った宇宙人の中の３番目に会った人なんですが、地球人のこわばった常識や偽りの形式にとらわれた目では、とても..</description>
<dc:subject>ことばの元気学</dc:subject>
<dc:creator>あまの</dc:creator>
<dc:date>2009-12-23T01:03:35+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/1ab2.jpg" width="220" height="320" border="0" align="" alt="1ab2.jpg" /></p>だいぶ前から、ぼくは谷内さんの絵に「メルヘン」とか「ノスタルジー」といったレッテルを貼ることに異議をとなえてきました。<br />
たしかに、谷内さんの絵には、そういう面もある。だから、それはそれで間違ってはいないのですが、谷内さんの絵には、もっと深いものがある。こわい、といってもいいようなものがある。そういったことを、あれこれしつこく書いてきたつもりです。<br />
が、ぼくのつたない言葉よりも、もっと正確に、もっとするどく、谷内さんの絵の本質を衝いた文章に、３年前に出会いました。「谷内六郎・昭和の想い出」(新潮社）にのっている橋本治さんの「シュールレアリスト谷内六郎」という文章です。<br />
ちょっと長くなりますが、その一部を紹介させてください。<br />
<br />
<br />
<span style="color:#980000;">　谷内六郎は、本質的にシュールレアリストである。彼の中には、ルネ・マルグリットもポール・デルヴォーもアンリ・ルソーも棲んでいる。若い頃の作品には、ベルナール・ビュッフェも少し棲んでいる。しかし、谷内六郎は、それを消化吸収した日本のシュールレアリストというのでもない。彼の絵を見ていると、ルネ・マルグリットやポール・デルヴォーの絵が、「なにかの絵解き」というような気がしてきて、つまらなくなってしまうのである。フランス語の「シュール」は「上」の意味だから、シュールレアリスムは「現実を超えた上」になるのだろうが、谷内六郎は、「現実を超えたものが現実の中に収まって、そのまま現実になっている」なのである。</span><br />
　<span style="color:#980000;">谷内六郎には「現実」と「幻想」の境目がない。たとえば、「週刊新潮」１９７３年１２月２０日の表紙《こがらしのパレード》である。鼓笛隊になった木枯らしが粉雪のチラシをまいている。私は、これを「メルヘンだ」とは思わずに、「そういうもんだ」と思ってしまう。私ももしかしたらちょっと変わった人間なのかもしれないが、谷内六郎の描く絵の表情がまた、「そういうもんでしょ？」と言っているのである。そして、そう思ってしまうと、この絵は、「冬の訪れ」をメルヘンタッチで表現したものではなくなってしまう。「冬にはこういう景色もありがちだ」と思われてしまう。それは、彼の絵が比喩でも寓意でもなく、ただそのまま、「そういうもんだ」を描いてしまっているからだろう。</span><br />
<br />
こわいくらい鋭い分析ですね。<br />
実をいうと、この橋本治さんという人は、ぼくがいままでに会った宇宙人の中の３番目に会った人なんですが、地球人のこわばった常識や偽りの形式にとらわれた目では、とてもこうは見えてこない。「広告批評」の巻頭に１０年以上にわたってユニークな時評をこの人に書いてもらったのも、この目にホレこんでしまったからです。<br />
<br />
ところで、ぼくの場合、谷内さんの絵の中に宇宙を見たのは、３０数年前のことでした。<br />
でも、その話は、また次回。<br />
<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-12-18-1">
<title>宇宙人の話（２）</title>
<link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-12-18-1</link>
<description>谷内六郎さんにはじめて会ったのは、５０年ほど前、ぼくが小さな出版社の編集部に入ったばかりの頃でした。その出版社で旅の雑誌を出すことになって、ぼくが谷内さんのところへ原稿を頼みに行く役目を仰せつかったんです。なぜ、新米編集者のぼくが、そんな大役を仰せつかったか。それは「断られてダメモト」と、編集長が思っていたからなんですね。「電話でアポイントをとろうとすると、うちみたいな名もない出版社は必ず断られるから、電話なんかせずに直接お宅を襲え。留守だったら、何度でも襲え。うまく会えたら、しゃにむに頼みこめ」と、編集長に言われたんです。谷内さんだけじゃない。その後も、有名な著者や大物の著者の原稿を依頼しに行くのは、ほとんどぼくの役目になりました。自爆覚悟の特攻隊ですね。おかげでぼくは、佐藤春夫さんとか、吉井勇さんとか、壇一雄さんとか、深沢七郎さんとか、当時の文壇のそうそうたる人たちに会えて大いにトクをしましたが、はじめは「ダメモト担当」だなんて、ひどい上司だと編集長をうらんだもんです。というわけで、まずぼくは、谷内さんのお宅へ行きました。駆け出しの編集者の、これが初仕事です。当時、谷内さんは「週刊新潮」の表紙絵が評判になってきたころで、３０代の後半、ぼくは２０代の半ばごろでした。そのときの印象はあまりに強烈だったので、のちにある本にこんなふうに書いています。それをちょっと引用させてください。会社をでるときから、ぼくは異常に緊張していた。いまはそんなことを言っても誰も信じてくれないけれど、しかし実はいまでもそうなのだけれど、ぼくは人に会うのが苦手な男である。とくに初対面の人に会うのは、死ぬほど嫌いな男である。初対面の人に会うのは、誰でもいやだと思うけれど、ぼくの場合はほとんどそれがビョーキに近くて、そのことを思っただけで腹をこわすというクセは、いまも完全には治っていない。そのころ、谷内さんの家は小田急沿線の祖師谷大蔵にあった。都区内地図を手に、家が見つからなければいいなアと思いながら歩いていたら、ひょいと「谷内六郎」という表札のある家の前に出てしまった。情けない話だが、その瞬間、ぼくはあわてて逃げようとした。このまま走って、郷里の四国松山へ帰ってしまいたいとさえ思った。が、悪いことは重なるもので、ぼくが逃げようと身がまえたとき、家の出窓がちょっと開いて、谷内さんの顔が現れたのである。目が合った。谷内さんはギョッとしたようだった..</description>
<dc:subject>ことばの元気学</dc:subject>
<dc:creator>あまの</dc:creator>
<dc:date>2009-12-18T07:55:25+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/1m2.jpg" width="200" height="285" border="0" align="" alt="1m2.jpg" /></p>谷内六郎さんにはじめて会ったのは、５０年ほど前、ぼくが小さな出版社の編集部に入ったばかりの頃でした。<br />
その出版社で旅の雑誌を出すことになって、ぼくが谷内さんのところへ原稿を頼みに行く役目を仰せつかったんです。<br />
なぜ、新米編集者のぼくが、そんな大役を仰せつかったか。それは「断られてダメモト」と、編集長が思っていたからなんですね。<br />
「電話でアポイントをとろうとすると、うちみたいな名もない出版社は必ず断られるから、電話なんかせずに直接お宅を襲え。留守だったら、何度でも襲え。うまく会えたら、しゃにむに頼みこめ」と、編集長に言われたんです。<br />
<br />
谷内さんだけじゃない。その後も、有名な著者や大物の著者の原稿を依頼しに行くのは、ほとんどぼくの役目になりました。自爆覚悟の特攻隊ですね。おかげでぼくは、佐藤春夫さんとか、吉井勇さんとか、壇一雄さんとか、深沢七郎さんとか、当時の文壇のそうそうたる人たちに会えて大いにトクをしましたが、はじめは「ダメモト担当」だなんて、ひどい上司だと編集長をうらんだもんです。<br />
<br />
というわけで、まずぼくは、谷内さんのお宅へ行きました。駆け出しの編集者の、これが初仕事です。<br />
当時、谷内さんは「週刊新潮」の表紙絵が評判になってきたころで、３０代の後半、ぼくは２０代の半ばごろでした。<br />
そのときの印象はあまりに強烈だったので、のちにある本にこんなふうに書いています。それをちょっと引用させてください。<br />
<br />
<span style="color:#983200;">会社をでるときから、ぼくは異常に緊張していた。いまはそんなことを言っても誰も信じてくれないけれど、しかし実はいまでもそうなのだけれど、ぼくは人に会うのが苦手な男である。とくに初対面の人に会うのは、死ぬほど嫌いな男である。初対面の人に会うのは、誰でもいやだと思うけれど、ぼくの場合はほとんどそれがビョーキに近くて、そのことを思っただけで腹をこわすというクセは、いまも完全には治っていない。</span><br />
<br />
<span style="color:#983200;">そのころ、谷内さんの家は小田急沿線の祖師谷大蔵にあった。都区内地図を手に、家が見つからなければいいなアと思いながら歩いていたら、ひょいと「谷内六郎」という表札のある家の前に出てしまった。情けない話だが、その瞬間、ぼくはあわてて逃げようとした。このまま走って、郷里の四国松山へ帰ってしまいたいとさえ思った。が、悪いことは重なるもので、ぼくが逃げようと身がまえたとき、家の出窓がちょっと開いて、谷内さんの顔が現れたのである。</span><br />
<br />
<span style="color:#983200;">目が合った。谷内さんはギョッとしたようだった。挙動不審の怪しいヤツと思ったんだろう。ぼくは反射的にペコッと頭を下げ、決して怪しい者ではないと断ってから、しどろもどろで来意を告げた。</span><br />
<br />
<span style="color:#983200;">谷内さんは目を丸くして聞いていたが、「じゃ、どうぞ」と言って窓から首をひっこめ、ほどなく玄関のドアを開けてくれた。こうなったら、もう観念するほかはない。谷内さんのあとにくっついて座敷に上がり、谷内さんと向かい合って正座した。</span><br />
<br />
<span style="color:#983200;">そこまではまアよかったのだが、そのあと、信じられないようなことが起こった。電話もせずにとつぜん訪ねてきた非礼を詫び、目を伏せたまま用件をたどたどしく、それでもけんめいに話している内に、ふと谷内さんの顔を見たら、唇の端が奇妙にゆがんでいる。なんと、ぼくの必死の訴えを聞きながら、谷内さんは一生けんめい笑いをこらえているのだった。</span><br />
<br />
<span style="color:#983200;">その瞬間、ぼくも無性におかしくなってきた。初対面の男ふたりが大まじめに正座で向かい合い、ひとりが血相を変えて必死にしゃべっている風景が、われながらひどくこっけいなものに見えてきたのだ。谷内さんも、たぶんそう思ったのだろう、とにかくつぎの一瞬、二人はまるで申し合わせたように、「プーッ！」と吹き出してしまったのである。</span><br />
<br />
そのあとは、こころよく原稿を引き受けてもらい、それも連載で書いてもらえることになって、ぼくは毎月１回、谷内さんのお宅へうかがうようになったのですが、この最初の出会いからして、ぼくは谷内さんは宇宙人に違いないと思い定めたんです。<br />
だって、若者が一生けんめい訴えている姿を見て、「プーッ！」って噴き出す人って、かなりヘンですよね。でも、よく考えたら、その場の二人の光景のほうがよっぽどヘンに違いない。もっともらしいものや、まことしやかなものを見ると、思わず「プーッ！」と吹き出してしまうのは、実は、とてもマトモなことだと思います。宇宙人の感覚なんだと思います。<br />
<br />
以来、谷内さんとの長いおつきあいが始まるんですが、これだけではまだ、谷内さんが宇宙人だとナットクできない方も、ちらほらいるようです。<br />
そういうがんこな方のために、こんどは谷内さんの描いた絵や文章から、谷内さんがりっぱな宇宙人であることを証明していきたいと思います。<br />
（つづく）<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/1m3.jpg" width="300" height="208" border="0" align="" alt="1m3.jpg" /></p><br />
<span style="font-size:x-small;">写真＝上は、はじめてお会いした日にいただいた本（文芸春秋社１９５５年刊）。初期のすごい絵がぎっしり。下は、その本にしてくださったサイン。　</span><br />
<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-12-14">
<title>宇宙人の話（１）</title>
<link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-12-14</link>
<description>突然ですが、鳩山首相は宇宙人ですかね？お金持ちのお坊ちゃんであるのは確かだけど、宇宙人とはとても思えません。「いや、見かけでそう言ってるだけだよ」って言うんですか？なるほど。でもね、「見かけが似てる」っていうけど、その人は実際に宇宙人を見たことがあるんでしょうかね。映画なんかに出てくる想像上の宇宙人に似てるというだけで、本当の宇宙人を見たことなんて、ないんじゃないですか。ぼくは見ました。本当の宇宙人を、この目でちゃんと見たんです。と言っても、その人は、どこかの天体から、円盤かなんかに乗ってやってきたわけではありません。大正１０年（１９２１年）、東京の恵比寿に生まれた人です。ウルトラ何号なんてへんな名前じゃない。ご本人は「谷内六郎」と、ちゃんと日本名を名乗っていました。だいたいね、宇宙人というのはほかの天体からやってくる生き物と考えるのは、間違いです。固定観念にとらわれすぎてます。なぜって、われわれも、宇宙の中に住んでいる生き物でしょ。そういう意味では、われわれは全員、宇宙人なんです。が、こわばった常識の中で生きているうちに、われわれは宇宙人であることを忘れてしまった。せいぜい、地球人という意識しか持てない想像力貧乏の生き物になってしまったんですね。でも、世の中には、本来の宇宙人のままの感覚で生きている人もいます。われわれは、＜個人→家族→地域社会→国家→世界→地球→宇宙＞というふうに、いくつもの重ね着をした上ではじめて宇宙と向かい合っていますが、宇宙人は&amp;lt;個人→宇宙＞と、じかに向かい合っている。余計な着物はいっさい着ていない。そこが、根本的に違うんです。もっとも、そういう人は、めったにいません。変人や奇人はいっぱいいますが、それは地球人の変種であって、宇宙人とはまったく違う。本物の宇宙人は、むしろ、とてもフツーに見えるところが特長なんですね。幸運なことに、ぼくは７０余年の人生を通じて、４人も宇宙人に出会い、仲良くなることができました。で、「週刊新潮」の表紙絵で知られた天才画家の谷内六郎さんは、ぼくが知っている４人の宇宙人の中でも、いちばん早く出会った人なんです。こう言っても、信じてくれない人がいっぱいいますね。笑ってる人もいるし、「ふざけんじゃない、もっとまじめにやれ」という顔をしている人もいる。ムッとした顔で帰っちゃった人もいるみたい。あ、トイレですか。どうもすいません。でもね、これは嘘じゃない。嘘じゃな..</description>
<dc:subject>ことばの元気学</dc:subject>
<dc:creator>あまの</dc:creator>
<dc:date>2009-12-14T22:42:03+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/10107.jpg" width="230" height="326" border="0" align="" alt="10107.jpg" /></p>突然ですが、鳩山首相は宇宙人ですかね？<br />
お金持ちのお坊ちゃんであるのは確かだけど、宇宙人とはとても思えません。<br />
「いや、見かけでそう言ってるだけだよ」って言うんですか？<br />
なるほど。でもね、「見かけが似てる」っていうけど、その人は実際に宇宙人を見たことがあるんでしょうかね。<br />
映画なんかに出てくる想像上の宇宙人に似てるというだけで、本当の宇宙人を見たことなんて、ないんじゃないですか。<br />
<br />
ぼくは見ました。本当の宇宙人を、この目でちゃんと見たんです。<br />
と言っても、その人は、どこかの天体から、円盤かなんかに乗ってやってきたわけではありません。<br />
大正１０年（１９２１年）、東京の恵比寿に生まれた人です。<br />
ウルトラ何号なんてへんな名前じゃない。ご本人は「谷内六郎」と、ちゃんと日本名を名乗っていました。<br />
<br />
だいたいね、宇宙人というのはほかの天体からやってくる生き物と考えるのは、間違いです。固定観念にとらわれすぎてます。<br />
なぜって、われわれも、宇宙の中に住んでいる生き物でしょ。そういう意味では、われわれは全員、宇宙人なんです。<br />
が、こわばった常識の中で生きているうちに、われわれは宇宙人であることを忘れてしまった。せいぜい、地球人という意識しか持てない想像力貧乏の生き物になってしまったんですね。<br />
<br />
でも、世の中には、本来の宇宙人のままの感覚で生きている人もいます。<br />
われわれは、＜個人→家族→地域社会→国家→世界→地球→宇宙＞というふうに、いくつもの重ね着をした上ではじめて宇宙と向かい合っていますが、宇宙人は<個人→宇宙＞と、じかに向かい合っている。余計な着物はいっさい着ていない。そこが、根本的に違うんです。<br />
<br />
もっとも、そういう人は、めったにいません。変人や奇人はいっぱいいますが、それは地球人の変種であって、宇宙人とはまったく違う。本物の宇宙人は、むしろ、とてもフツーに見えるところが特長なんですね。<br />
<br />
幸運なことに、ぼくは７０余年の人生を通じて、４人も宇宙人に出会い、仲良くなることができました。<br />
で、「週刊新潮」の表紙絵で知られた天才画家の谷内六郎さんは、ぼくが知っている４人の宇宙人の中でも、いちばん早く出会った人なんです。<br />
<br />
こう言っても、信じてくれない人がいっぱいいますね。笑ってる人もいるし、「ふざけんじゃない、もっとまじめにやれ」という顔をしている人もいる。ムッとした顔で帰っちゃった人もいるみたい。あ、トイレですか。どうもすいません。<br />
<br />
でもね、これは嘘じゃない。嘘じゃないことを証明する証拠写真を、きょうは持ってきました。さっそくそれをお見せしましょう。これです。<br />
<br />
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/1010.jpg" width="260" height="380" border="0" align="" alt="1010.jpg" /></p>これって、４０年ほど前に、谷内さんと房総半島へ遊びに行ったときに、とある浜辺で撮った写真なんですが、地球人の画家はこんなところに絵を描きますか？　１銭にもならないんですよ。しかも、満ちてくる潮で、すぐに、跡形もなく消えちゃう。すべてをキャッシュに換算する性癖を持った地球人は、決してこんなムダなことをしませんよね。<br />
さらにしつこく、証拠写真をもう１枚。はい、これです。<br />
<br />
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/10101.jpg" width="250" height="360" border="0" align="" alt="10101.jpg" /></p>このあと、「記念に１枚、顔写真を撮りましょうよ」とぼくが言ったのに応えて、岩陰からヌッと顔を出したのが、これです。宇宙人は一般的にテレ症なので、なかなか素顔を見せません。これも、証拠として、たいへん貴重なものです。<br />
（つづく）<br />
<br />
<span style="font-size:x-small;">絵＝谷内六郎さん（谷内六郎文庫①「旅の絵本」より）</span><br />
<span style="font-size:x-small;">写真＝渡部雄吉さん</span><br />
<span style="font-size:x-small;">谷内六郎さんの画集や画文集は、<a href="http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_ss_0_2?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=%92J%93%E0%98Z%98Y&sprefix=%92J%93%E0" target="_blank">amazon</a>で。</span><br />
<br />
<br />
<br />
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<br />
<br />
<br />
<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-12-12">
<title>谷内六郎さん</title>
<link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-12-12</link>
<description>どこかで見たような風景でしょ。谷内六郎さんの絵に出てくるような。そうなんです、ここは浦賀にある「横須賀美術館」。その一角にある「谷内六郎館」です。館内には谷内さんの絵がいっぱい。久しぶりに、大好きな谷内さんに会えたような、うれしい気分でした。でも、あまりのんびりしてはいられない。きょうはここへ、ガラにもなく「六郎さんの宇宙」という講演（！）をしにきたのです。会場には６０人ほどのお客さんが待ってくれていました。で、さっそく話を始めたのですが、自分でもちょっと面白い話ができたような気がするので、あなたにも聞いていただきたくなりました。と言っても、講演のままではありません。会場の方にお話ししたことを思い出しながら、次回から書いてみようと思います。お気が向いたら、読んでいただけるとうれしい。明日か、あさってには必ず書きますから。それにしても、谷内六郎さんて、すごい人です。こんな人と知り合いになれて、ぼくは、ホント、しわわせでした。</description>
<dc:subject>ことばの元気学</dc:subject>
<dc:creator>あまの</dc:creator>
<dc:date>2009-12-12T21:47:23+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/10104.jpg" width="300" height="225" border="0" align="" alt="10104.jpg" /></p>どこかで見たような風景でしょ。谷内六郎さんの絵に出てくるような。<br />
<br />
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/1010a.jpg" width="300" height="225" border="0" align="" alt="1010a.jpg" /></p>そうなんです、ここは浦賀にある「横須賀美術館」。その一角にある「谷内六郎館」です。<br />
<br />
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/10105.jpg" width="300" height="225" border="0" align="" alt="10105.jpg" /></p>館内には谷内さんの絵がいっぱい。久しぶりに、大好きな谷内さんに会えたような、うれしい気分でした。<br />
<br />
でも、あまりのんびりしてはいられない。きょうはここへ、ガラにもなく「六郎さんの宇宙」という講演（！）をしにきたのです。<br />
会場には６０人ほどのお客さんが待ってくれていました。<br />
<br />
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/101010102.jpg" width="300" height="225" border="0" align="" alt="101010102.jpg" /></p>で、さっそく話を始めたのですが、自分でもちょっと面白い話ができたような気がするので、あなたにも聞いていただきたくなりました。<br />
<br />
と言っても、講演のままではありません。会場の方にお話ししたことを思い出しながら、次回から書いてみようと思います。お気が向いたら、読んでいただけるとうれしい。明日か、あさってには必ず書きますから。<br />
<br />
それにしても、谷内六郎さんて、すごい人です。こんな人と知り合いになれて、ぼくは、ホント、しわわせでした。<br />
<br />
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/1010101.jpg" width="190" height="300" border="0" align="" alt="1010101.jpg" /></p><br />
<br />
<br />
<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-11-25">
<title>かっこいい人たち</title>
<link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-11-25</link>
<description>真下武男さんって、かっこいいなあ。ほら、イエメンで地元の部族に拉致されていた人。無事に解放されたときの現地での記者会見が、すごく感じよかった。「イエメンは好きだ」とか、「ちょっと日本で休養したら、またイエメンに来たい」とか。とくによかったのは、日本で待つ奥さんに電話で「心配かけっちゃったな」と話したら、奥さんが「そんなに心配してないから、安心して」と言ったという話。奥さんもサイコーにかっこいいね。くわしいことは知らないけど、この人って、イエメンで小学校を建てている国際協力活動に参加している技師さんらしい。こういう仕事している人って、腹がすわっていて、心ののびやかな感じの人が多い。ぼくなんかには、とてもマネができない。尊敬しちゃうね。 かっこいいといえば、中村哲さんはもっとかっこいい。以前から、アフガニスタンで医療活動をしているお医者さんだけど、医療だけじゃなく、現地の人と一緒になって井戸を掘ったり、灌漑作業をしたり。テレビで見るくらいでよくは知らないけど、知らない割には全面的に尊敬している。なだいなださんが、「この人にこそノーベル平和賞を！」と言ってるけど、ほんとにそうだと思う。ちょびひげを生やした、あまり風采の上がらない人だけど、こういう人を「かっこいい！」と言わずに、どこにかっこいい人がいるんだ。「おれもなあ、あと２０歳若かったらなあ！」というのは、まっ赤な嘘。私にはとてもマネができない。でも、せめて尊敬と応援くらいはしなくっちゃ。絵＝ＩＳＡＫＯ</description>
<dc:subject>ことばの元気学</dc:subject>
<dc:creator>あまの</dc:creator>
<dc:date>2009-11-25T13:35:14+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/1aiaiai.jpg" width="200" height="150" border="0" align="" alt="1aiaiai.jpg" /></p>真下武男さんって、かっこいいなあ。<br />
ほら、イエメンで地元の部族に拉致されていた人。<br />
無事に解放されたときの現地での記者会見が、すごく感じよかった。<br />
「イエメンは好きだ」とか、「ちょっと日本で休養したら、またイエメンに来たい」とか。<br />
とくによかったのは、日本で待つ奥さんに電話で「心配かけっちゃったな」と話したら、奥さんが「そんなに心配してないから、安心して」と言ったという話。奥さんもサイコーにかっこいいね。<br />
<br />
くわしいことは知らないけど、この人って、イエメンで小学校を建てている国際協力活動に参加している技師さんらしい。こういう仕事している人って、腹がすわっていて、心ののびやかな感じの人が多い。ぼくなんかには、とてもマネができない。尊敬しちゃうね。<br />
<br />
<p align="center"> <img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/1asasas.jpg" width="200" height="150" border="0" align="" alt="1asasas.jpg" /></p>かっこいいといえば、中村哲さんはもっとかっこいい。<br />
以前から、アフガニスタンで医療活動をしているお医者さんだけど、医療だけじゃなく、現地の人と一緒になって井戸を掘ったり、灌漑作業をしたり。<br />
テレビで見るくらいでよくは知らないけど、知らない割には全面的に尊敬している。<br />
なだいなださんが、「この人にこそノーベル平和賞を！」と言ってるけど、ほんとにそうだと思う。<br />
ちょびひげを生やした、あまり風采の上がらない人だけど、こういう人を「かっこいい！」と言わずに、どこにかっこいい人がいるんだ。<br />
<br />
「おれもなあ、あと２０歳若かったらなあ！」<br />
というのは、まっ赤な嘘。私にはとてもマネができない。でも、せめて尊敬と応援くらいはしなくっちゃ。<br />
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/atamahage.jpg" width="180" height="150" border="0" align="" alt="atamahage.jpg" /></p><br />
絵＝ＩＳＡＫＯ<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-11-21">
<title>オープン・ザ・セサミ！</title>
<link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-11-21</link>
<description>いま民主党がやってる「事業仕分け」って、面白いね。テレビって、ああいうのをたっぷり生中継で見せてほしいな。あれを見てると、国のやることにムダが多いってことがよくわかるね。教育改革や科学の振興にカネがかかるのは、いいし、大いにやってほしい。でも、カネがかかるのは、事業そのものではなく、それにかかわるさまざまな事業体に天下りした人たちの給料のせいだったりして。国がやる事業が、いかにいいかげんなシステムでやられているかが、ありありと、まざまざと、国民の目の前であきらかにされていくところが、何よりも面白い。そう、「目の前がパッとひらけて面（おも）が白く（明るく）なるという本来のイミで「面白い」よ。ま、やり方にいろいろモンダイもある。それは専門家が指摘する通りだろうよ。でも、行き過ぎやマズイところは改善していけばいい。仕分けをやることのマイナスよりも、プラスのほうが１００倍くらい大きいことは確かだ思う。だいたい、「公開」は民主主義の原則だよね。だから、国会にも裁判所にも傍聴席があるわけで、傍聴席があるってことは、傍聴席のうしろには本当は壁なんかなくて、広く日本中に開かれているってことだよね。見たい人にはすべて公開するってことだと思う。だから、傍聴席がいっぱいだったら、広くテレビで中継したっていいわけだよ。モンクあっか、ってもんだよ。ノリピーの裁判なんか、あんなにたくさん見たい人がいるのに、あんなちょっぴりの人しか見られないって、おかしくないか。おかしいよ。公開の原則に明らかに反してるよ。テレビって、もう少し考えてほしいな。テレビが事業仕分けみたいなことをどんどん中継してくれると、政治家や官僚の世界がすごく具体的に、よくも悪くも人間の世界に見えてきて、ぼくらの目が大いに肥えてくると思うんだけどね。きのうもテレビを見ていて、「蓮舫がんばれ！」なんて、思わずミーハーしちゃったよ。絵・ＩＳＡＫＯ</description>
<dc:subject>ことばの元気学</dc:subject>
<dc:creator>あまの</dc:creator>
<dc:date>2009-11-21T18:25:30+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/E3828CE38293E381BBE38186E38195E38293.jpg" width="300" height="251" border="0" align="" alt="れんほうさん.jpg" /></p>いま民主党がやってる「事業仕分け」って、面白いね。<br />
テレビって、ああいうのをたっぷり生中継で見せてほしいな。<br />
<br />
あれを見てると、国のやることにムダが多いってことがよくわかるね。<br />
教育改革や科学の振興にカネがかかるのは、いいし、大いにやってほしい。<br />
でも、カネがかかるのは、事業そのものではなく、それにかかわるさまざまな事業体に天下りした人たちの給料のせいだったりして。<br />
国がやる事業が、いかにいいかげんなシステムでやられているかが、ありありと、まざまざと、国民の目の前で<br />
あきらかにされていくところが、何よりも面白い。<br />
そう、「目の前がパッとひらけて面（おも）が白く（明るく）なるという本来のイミで「面白い」よ。<br />
<br />
ま、やり方にいろいろモンダイもある。それは専門家が指摘する通りだろうよ。<br />
でも、行き過ぎやマズイところは改善していけばいい。<br />
仕分けをやることのマイナスよりも、プラスのほうが１００倍くらい大きいことは確かだ思う。<br />
<br />
だいたい、「公開」は民主主義の原則だよね。<br />
だから、国会にも裁判所にも傍聴席があるわけで、傍聴席があるってことは、傍聴席のうしろには本当は壁なんかなくて、広く日本中に開かれているってことだよね。見たい人にはすべて公開するってことだと思う。<br />
だから、傍聴席がいっぱいだったら、広くテレビで中継したっていいわけだよ。モンクあっか、ってもんだよ。<br />
ノリピーの裁判なんか、あんなにたくさん見たい人がいるのに、あんなちょっぴりの人しか見られないって、おかしくないか。おかしいよ。公開の原則に明らかに反してるよ。<br />
<br />
テレビって、もう少し考えてほしいな。テレビが事業仕分けみたいなことをどんどん中継してくれると、政治家や官僚の世界がすごく具体的に、よくも悪くも人間の世界に見えてきて、ぼくらの目が大いに肥えてくると思うんだけどね。<br />
<br />
きのうもテレビを見ていて、「蓮舫がんばれ！」なんて、思わずミーハーしちゃったよ。<br />
<br />
絵・ＩＳＡＫＯ<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-11-19">
<title>傘はいらない</title>
<link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-11-19</link>
<description>核兵器のない世界を！オバマさんのプラハ演説はよかったなあ。ノーベル平和賞は、その約束を反故にさせないためにノーベル賞委員会が戦略的に授与したんだろうね。世界で唯一の原爆加害国のアメリカと、世界で唯一の原爆被害国の日本が、手を組んでオバマの宣言を強力に推進していかなくちゃね。でもね、アメリカの核の傘に入ったまま、「核兵器を地球上からなくそう！」なんて言ってるのは、どうもお尻のあたりがもぞもぞする。いますぐとはいわないけれど、核の傘から飛び出してそれをいわなくっちゃ、やっぱり説得力がないよね。核の傘から飛び出したら、とたんにお隣の金さんがミサイルを打ち込んでくるって心配してる人がいるけど、そんな心配がなくなるように精一杯の努力をして、その上で飛び出せばいい。原子爆弾で死んだ何十万の人たちのことを考えたら、１００％安全になるまで傘の下に隠れてるっていうんじゃ申し訳ない。それなりの覚悟をしたうえで、外に出て叫ぶんじゃなくちゃ、効き目だってないよね。だいたいさ、「もう軍隊は持たない、戦争は放棄する」って、６０余年前にきめたんだからね、それを世界中に宣言したんだからね。そのときに覚悟はしたはずだよね。アメリカ軍の銃のうしろから、「われわれはもう武器なんか持ってないぞ！」なんて威張っているのは、やっぱりおかしいって思わなくっちゃ。沖縄の基地問題も、米軍によその県に行ってもらうんじゃなく、お国に帰ってもらうのが、日本人にもアメリカ人にもいちばんいいと思う。そうじゃなかったら、沖縄の米軍基地は東京に移すしかないね。お台場あたり、まだ土地が空いてるし。いますぐ、なんて乱暴なことはいわないが、５年か１０年後を目標に、日本はそっちのほうに進むんだということを、はっきり宣言してくれるといい。日本人としてはなかなかできない決断でも、宇宙人ならきっとできると思うよ、鳩山さん。絵・ＩＳＡＫＯ</description>
<dc:subject>ことばの元気学</dc:subject>
<dc:creator>あまの</dc:creator>
<dc:date>2009-11-19T01:07:45+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/E382AAE38390E3839E21.gif" width="380" height="140" border="0" align="" alt="オバマ21.gif" /></p>核兵器のない世界を！<br />
オバマさんのプラハ演説はよかったなあ。<br />
ノーベル平和賞は、その約束を反故にさせないためにノーベル賞委員会が戦略的に授与したんだろうね。<br />
<br />
世界で唯一の原爆加害国のアメリカと、世界で唯一の原爆被害国の日本が、手を組んでオバマの宣言を強力に推進していかなくちゃね。<br />
<br />
でもね、アメリカの核の傘に入ったまま、「核兵器を地球上からなくそう！」なんて言ってるのは、どうもお尻のあたりがもぞもぞする。いますぐとはいわないけれど、核の傘から飛び出してそれをいわなくっちゃ、やっぱり説得力がないよね。<br />
<br />
核の傘から飛び出したら、とたんにお隣の金さんがミサイルを打ち込んでくるって心配してる人がいるけど、そんな心配がなくなるように精一杯の努力をして、その上で飛び出せばいい。<br />
<br />
原子爆弾で死んだ何十万の人たちのことを考えたら、１００％安全になるまで傘の下に隠れてるっていうんじゃ申し訳ない。それなりの覚悟をしたうえで、外に出て叫ぶんじゃなくちゃ、効き目だってないよね。<br />
<br />
だいたいさ、「もう軍隊は持たない、戦争は放棄する」って、６０余年前にきめたんだからね、それを世界中に宣言したんだからね。そのときに覚悟はしたはずだよね。アメリカ軍の銃のうしろから、「われわれはもう武器なんか持ってないぞ！」なんて威張っているのは、やっぱりおかしいって思わなくっちゃ。<br />
<br />
沖縄の基地問題も、米軍によその県に行ってもらうんじゃなく、お国に帰ってもらうのが、日本人にもアメリカ人にもいちばんいいと思う。そうじゃなかったら、沖縄の米軍基地は東京に移すしかないね。お台場あたり、まだ土地が空いてるし。<br />
<br />
いますぐ、なんて乱暴なことはいわないが、５年か１０年後を目標に、日本はそっちのほうに進むんだということを、はっきり宣言してくれるといい。<br />
日本人としてはなかなかできない決断でも、宇宙人ならきっとできると思うよ、鳩山さん。<br />
<br />
絵・ＩＳＡＫＯ<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-11-16">
<title>2009-11-16</title>
<link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-11-16</link>
<description>松山の子規記念博物館で、宮本信子さんと公開雑談をしてきました。ぼくが企画とプロデュースをしている「道後寄席」というイベントの第３夜です。この「道後寄席」も、ことしで７回目かな。ことしのゲストは、イッセー尾形、高橋源一郎、宮本信子、神田紅、立川志の輔、といった人たちです。宮本さんとは、伊丹十三さんとぼくが松山の高校時代に同学年だったということもあって、いままでなんどかお目にかかってはいたんですが、ちゃんとお話するのは今回がはじめてです。宮本さんの本業はもちろん俳優さんですが、２年半ほど前に松山にできた「伊丹十三記念館」の館長さんもしてるんですね。そういうぼくも、子規記念館の館長をしてるんで、話はそんなところからはじまりました。「館長」なんていわれると、お尻がむずむずしてきて、イチジク浣腸を思い出しますねえとか。博物館や記念館というのは、「学びの場」であるよりは「遊びの場」であることがだいじですねえ（もともと学びと遊びは同じものなんだけど）とか。その点、「伊丹十三記念館」は、一歩中に入ると、まるで「伊丹十三」さんの頭の中に迷いこんだみたいに、いろんな仕掛けがあって楽しいですねえとか。子規記念館も「道後寄席」なんかで、がんばってますけどねえとか。一緒につるんで、これから松山を面白くてしょうがないマチにしていきたいですねえとか。それから、話は俳優さんの仕事や、ジャズの楽しさみたいなところに飛び火して、ここと思えばまたあちら、とてもくだけた楽しい雑談ができました。満員のお客さんも宮本さんのファンの人が多かったのかな、とてもよろこんでくれたようです。それにしても、役者さんというのは、言葉だけでなく表情がいいというか、表情が雄弁だなあということを、お相手をしながらぼくはあらためて感じました。帰りに松山空港の売店で、「子規の愛した菓子パン」というのを見つけました。子規は、あんパンが大好きな人でしたが、これは「当時のレシピと製法で現代版に復刻した」ものだそうです。さっそく「こしあん」のを買って食べてみましたが、うまいんだなあ、これが。酒種がきいていて、餡が上品で。一個１８０円とちょっと値は張りますが、機会があったら食べてみてください。帰りの飛行機の中の新聞で、オバマさんの演説の記事を読んで、いろいろ考えるところがありました。でも、そのことはまた次に。それはそうと、３５歳と３４歳の女性には気をつけなくっちゃ。</description>
<dc:subject>ことばの元気学</dc:subject>
<dc:creator>あまの</dc:creator>
<dc:date>2009-11-16T23:55:47+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/E38182E38293E38193.jpg" width="300" height="225" border="0" align="" alt="あんこ.jpg" /></p><br />
松山の子規記念博物館で、宮本信子さんと公開雑談をしてきました。<br />
ぼくが企画とプロデュースをしている「道後寄席」というイベントの第３夜です。<br />
この「道後寄席」も、ことしで７回目かな。<br />
ことしのゲストは、イッセー尾形、高橋源一郎、宮本信子、神田紅、立川志の輔、といった人たちです。<br />
<br />
宮本さんとは、伊丹十三さんとぼくが松山の高校時代に同学年だったということもあって、いままでなんどかお目にかかってはいたんですが、ちゃんとお話するのは今回がはじめてです。<br />
宮本さんの本業はもちろん俳優さんですが、２年半ほど前に松山にできた「伊丹十三記念館」の館長さんもしてるんですね。<br />
そういうぼくも、子規記念館の館長をしてるんで、話はそんなところからはじまりました。<br />
「館長」なんていわれると、お尻がむずむずしてきて、イチジク浣腸を思い出しますねえとか。<br />
博物館や記念館というのは、「学びの場」であるよりは「遊びの場」であることがだいじですねえ（もともと学びと遊びは同じものなんだけど）とか。<br />
その点、「伊丹十三記念館」は、一歩中に入ると、まるで「伊丹十三」さんの頭の中に迷いこんだみたいに、いろんな仕掛けがあって楽しいですねえとか。<br />
子規記念館も「道後寄席」なんかで、がんばってますけどねえとか。<br />
一緒につるんで、これから松山を面白くてしょうがないマチにしていきたいですねえとか。<br />
それから、話は俳優さんの仕事や、ジャズの楽しさみたいなところに飛び火して、ここと思えばまたあちら、とてもくだけた楽しい雑談ができました。満員のお客さんも宮本さんのファンの人が多かったのかな、とてもよろこんでくれたようです。<br />
それにしても、役者さんというのは、言葉だけでなく表情がいいというか、表情が雄弁だなあということを、お相手をしながらぼくはあらためて感じました。<br />
<br />
帰りに松山空港の売店で、「子規の愛した菓子パン」というのを見つけました。<br />
子規は、あんパンが大好きな人でしたが、これは「当時のレシピと製法で現代版に復刻した」ものだそうです。<br />
さっそく「こしあん」のを買って食べてみましたが、うまいんだなあ、これが。酒種がきいていて、餡が上品で。一個１８０円とちょっと値は張りますが、機会があったら食べてみてください。<br />
<br />
帰りの飛行機の中の新聞で、オバマさんの演説の記事を読んで、いろいろ考えるところがありました。でも、そのことはまた次に。<br />
それはそうと、３５歳と３４歳の女性には気をつけなくっちゃ。<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-10-31">
<title>青くてごめん</title>
<link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-10-31</link>
<description>鳩山さんの所信表明は、なかなかよかった。それよりも、９月の国連での演説はもっとよかった。話によると、「ニューヨークの国連本部を興奮状態に陥れた」そうで、演説のあとの昼食会では、鳩山さんの名前が出ただけで拍手が起こったそうな。が、国内での評価は、もうひとつパッとしない。自民党の石破さんなどは、「対等の日米関係なんて非現実的な理想論は論評にも値いしない」なんて言っている。「アメリカに守ってもらっていながら&amp;lt;対等＞なんてよく言うよ」ということらしい。あんたこそよく言うよ。アメリカに軍事基地を提供しているのは、日本がアメリカを守っていることにならないのかね。だとしたら、沖縄の人たちは、なんのために苦労しているのかね。日本の政治家は、どうしてこう卑屈なのかね。這いずりまわる現場論から脱却できないのかね。ＣＯ2の削減目標設定にせよ、核廃絶の議論にせよ、たしかに鳩山さんの発言は青っぽい。が、それって、いけないか？理想をかかげる政治って、いんちきか？現実べったりの政治が、賢いのか？「理想のたいまつを消すな」と叫んだケネディや「地球から核兵器をなくそう」と訴えたオバマは、詐欺師か？鳩も生き物だから、いいかげんなところもあるだろうし、嘘もつくかもしれない。そんなときはどんどん文句をつけたらいいし、あまりにひどかったら選挙でおとせばいい。が、黒いカラスよりはマシだと思って、みんな鳩を選んだわけだよね。だったら、いまは鳩に期待するしかないじゃないか。青くてけっこう。実現できるかどうかもわからない。が、いまは、青い鳩に賭けるしかない。オバマさんをノーベル平和賞に選んだ委員会のヤーグラン委員長は、「オバマ氏は言葉だけで実績がない」という批判にこう答えたそうな。「言葉を過小評価してはいけない。言葉はときに人に希望を与え、その希望が物事を良い方向に変える」ヤーグランさんに座布団３枚あげて。絵・ＩＳＡＫＯ</description>
<dc:subject>ことばの元気学</dc:subject>
<dc:creator>あまの</dc:creator>
<dc:date>2009-10-31T12:49:03+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/E9B3A91-470d8.jpg" width="250" height="175" border="0" align="" alt="鳩1.jpg" /></p>鳩山さんの所信表明は、なかなかよかった。<br />
それよりも、９月の国連での演説はもっとよかった。<br />
話によると、「ニューヨークの国連本部を興奮状態に陥れた」そうで、演説のあとの昼食会では、鳩山さんの名前が出ただけで拍手が起こったそうな。<br />
が、国内での評価は、もうひとつパッとしない。<br />
自民党の石破さんなどは、「対等の日米関係なんて非現実的な理想論は論評にも値いしない」なんて言っている。「アメリカに守ってもらっていながら<対等＞なんてよく言うよ」ということらしい。あんたこそよく言うよ。アメリカに軍事基地を提供しているのは、日本がアメリカを守っていることにならないのかね。だとしたら、沖縄の人たちは、なんのために苦労しているのかね。<br />
日本の政治家は、どうしてこう卑屈なのかね。這いずりまわる現場論から脱却できないのかね。<br />
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/E9B3A92.jpg" width="230" height="165" border="0" align="" alt="鳩2.jpg" /></p>ＣＯ<span style="font-size:x-small;">2</span>の削減目標設定にせよ、核廃絶の議論にせよ、たしかに鳩山さんの発言は青っぽい。<br />
が、それって、いけないか？<br />
理想をかかげる政治って、いんちきか？<br />
現実べったりの政治が、賢いのか？<br />
「理想のたいまつを消すな」と叫んだケネディや「地球から核兵器をなくそう」と訴えたオバマは、詐欺師か？<br />
<br />
鳩も生き物だから、いいかげんなところもあるだろうし、嘘もつくかもしれない。そんなときはどんどん文句をつけたらいいし、あまりにひどかったら選挙でおとせばいい。が、黒いカラスよりはマシだと思って、みんな鳩を選んだわけだよね。だったら、いまは鳩に期待するしかないじゃないか。<br />
青くてけっこう。実現できるかどうかもわからない。が、いまは、青い鳩に賭けるしかない。<br />
オバマさんをノーベル平和賞に選んだ委員会のヤーグラン委員長は、「オバマ氏は言葉だけで実績がない」という批判にこう答えたそうな。<br />
「言葉を過小評価してはいけない。言葉はときに人に希望を与え、その希望が物事を良い方向に変える」<br />
ヤーグランさんに座布団３枚あげて。<br />
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/E9B3A923.gif" width="400" height="325" border="0" align="" alt="鳩23.gif" /></p><br />
絵・ＩＳＡＫＯ<br />
<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-10-05">
<title>困った人たち（またつづき）</title>
<link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-10-05</link>
<description>足利事件の誤審問題で、地検の検事正が菅谷さんに謝ったというニュースを見ていたら、10年程前にＮＨＫテレビの討論番組の中でぼくが言ったことを思い出した。番組のテーマは裁判についてだったのだが、①裁判のテレビ中継を実現せよ。②容疑者の取り調べは、すべてビデオに録画せよ。だって、裁判所には傍聴席があってさ、あの傍聴席のうしろは広く国民に開かれているわけだよね。つまり、公開が原則。だったらテレビで公開しても同じことじゃないか。ま、被告の人権問題があるから、法廷内の撮し方に制限はあるとは思うけど、いつまでイラストでしか裁判の様子を伝えられないんだ。麻原の裁判、おれ、見たいよ。このテレビ時代に、いつまで容疑者の取り調べの内容を「調書」なんて文書で記録してんだ。自白の強要とか、ねつ造とか、ビデオで撮れば、そんな問題なんか起きないんじゃないの？　あんなことやってたのは、テレビがなかった時代の遺物だよ、まったく。でも、このときのぼくの2つの意見は、ぜんぜん無視されちゃった。この2つには、もちろんマイナス面もあるけど、プラス面のほうがずっと大きい。こういうことは非公開にしたままで、裁判員制度には参加しろなんて、勝手すぎないか、あんたたち。ま、こんどの足利事件の誤審問題では、取り調べのときの録音テープが弁護側に渡されたらしいけど、それも非公開が条件だそうで、どこまで古いんだろうね、あの人たちは。もっと国民を信用しなさい。え・ＩＳＡＫＯ</description>
<dc:subject>ことばの元気学</dc:subject>
<dc:creator>あまの</dc:creator>
<dc:date>2009-10-06T00:04:06+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/munegasuku120(2).jpg" width="200" height="280" border="0" align="" alt="munegasuku1 (2).jpg" /></p>足利事件の誤審問題で、地検の検事正が菅谷さんに謝ったというニュースを見ていたら、10年程前にＮＨＫテレビの討論番組の中でぼくが言ったことを思い出した。<br />
番組のテーマは裁判についてだったのだが、<br />
<br />
①裁判のテレビ中継を実現せよ。<br />
②容疑者の取り調べは、すべてビデオに録画せよ。<br />
<br />
だって、裁判所には傍聴席があってさ、あの傍聴席のうしろは広く国民に開かれているわけだよね。つまり、公開が原則。だったらテレビで公開しても同じことじゃないか。<br />
ま、被告の人権問題があるから、法廷内の撮し方に制限はあるとは思うけど、いつまでイラストでしか裁判の様子を伝えられないんだ。麻原の裁判、おれ、見たいよ。<br />
<br />
このテレビ時代に、いつまで容疑者の取り調べの内容を「調書」なんて文書で記録してんだ。自白の強要とか、ねつ造とか、ビデオで撮れば、そんな問題なんか起きないんじゃないの？　あんなことやってたのは、テレビがなかった時代の遺物だよ、まったく。<br />
<br />
でも、このときのぼくの2つの意見は、ぜんぜん無視されちゃった。この2つには、もちろんマイナス面もあるけど、プラス面のほうがずっと大きい。こういうことは非公開にしたままで、裁判員制度には参加しろなんて、勝手すぎないか、あんたたち。<br />
<br />
ま、こんどの足利事件の誤審問題では、取り調べのときの録音テープが弁護側に渡されたらしいけど、それも非公開が条件だそうで、どこまで古いんだろうね、あの人たちは。<br />
もっと国民を信用しなさい。<br />
<br />
え・ＩＳＡＫＯ<a name="more"></a>
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-09-21">
<title>困った人たち（つづき）</title>
<link>http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-09-21</link>
<description>また、困った人たちに会っちゃった。焼香の場に「千の風になって」を流す葬儀屋さん。（知人の葬儀で焼香しようとしたら、「♪そこに私はいません～」だって。「♪死んでなんかいません」ときたもんだ。じゃ、おれはここへ何しにきたんだ。香典返せ、どろぼー！）身内のことにまで、丁寧語を乱発する人。（テレビを見ていたら、民主党の政治家が「鳩山首相にそう申し上げたら、おまかせしますよとおっしゃっていただきました」だって。あのなあ、「鳩山さんにそう言ったら、まかせるよって言ってました」じゃ、いけねえのか）「大丈夫」を連発するＯＬ。（銀行の窓口に申請書を出しに行ったら、こっちの書いたことにいちいち「これで大丈夫ですか」と確認するＯＬがいた。「お年は７６歳で大丈夫ですか？」と聞くから、「おかげさまで、まだ大丈夫です」と答えたら、「この爺さん、頭おかしいんじゃない」って顔でおれを見やがった。お前さんこそ、大丈夫か？）ゆうべは、うれしい人にも会った。谷川俊太郎さん。（麻布十番のカフェテラスで、「大丈夫」の話をしたら、谷川さんもまったく同感で、「困ったもんだ」の二重唱。で、どちらからともなく、「日本語、大丈夫かね」）調子にのって、この際、「大丈夫じゃない運動」を起こそうかと考えている隠居。（いいかげんにしなさい）絵・ＩＳＡＫＯ</description>
<dc:subject>ことばの元気学</dc:subject>
<dc:creator>あまの</dc:creator>
<dc:date>2009-09-21T01:48:43+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<p align="center"><img src="http://amano.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_c06/amano/kaokarahigaderu.jpg" width="320" height="240" border="0" align="" alt="kaokarahigaderu.jpg" /></p>また、困った人たちに会っちゃった。<br />
<br />
焼香の場に「千の風になって」を流す葬儀屋さん。<br />
（知人の葬儀で焼香しようとしたら、「♪そこに私はいません～」だって。「♪死んでなんかいません」ときたもんだ。じゃ、おれはここへ何しにきたんだ。香典返せ、どろぼー！）<br />
<br />
身内のことにまで、丁寧語を乱発する人。<br />
（テレビを見ていたら、民主党の政治家が「鳩山首相にそう申し上げたら、おまかせしますよとおっしゃっていただきました」だって。あのなあ、「鳩山さんにそう言ったら、まかせるよって言ってました」じゃ、いけねえのか）<br />
<br />
「大丈夫」を連発するＯＬ。<br />
（銀行の窓口に申請書を出しに行ったら、こっちの書いたことにいちいち「これで大丈夫ですか」と確認するＯＬがいた。「お年は７６歳で大丈夫ですか？」と聞くから、「おかげさまで、まだ大丈夫です」と答えたら、「この爺さん、頭おかしいんじゃない」って顔でおれを見やがった。お前さんこそ、大丈夫か？）<br />
<br />
ゆうべは、うれしい人にも会った。谷川俊太郎さん。<br />
（麻布十番のカフェテラスで、「大丈夫」の話をしたら、谷川さんもまったく同感で、「困ったもんだ」の二重唱。で、どちらからともなく、「日本語、大丈夫かね」）<br />
<br />
調子にのって、この際、「大丈夫じゃない運動」を起こそうかと考えている隠居。<br />
（いいかげんにしなさい）<br />
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絵・ＩＳＡＫＯ<a name="more"></a>
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