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人間=広告する動物 [ことばの元気学]


親しい知人に桜井順さんという作曲家がいます。「黒の舟歌」のようないい歌をたくさん作っていますが、なんといってもCMソングの作曲家として有名だし、作品の数もあきれるくらい多い。「お正月をうつそ(フジカラー)」「ブタブタコブタ(エースコック)」「でっかいわあ(石丸電機)」などなど、この人の名前は知らなくても、この人の作った音楽を聞いたことがない人は、まず、いないはずです。
そんな彼の作品を集めた「桜井順CM WORKS」というCDが先日出たんですが、その最後に「おまけ」として、「勝手にCMソング」とうのが3曲収録されていました。
で、その中の「農協」のCMソングがすごく面白いので、1番の歌詞だけですけど、ご紹介しちゃいましょう。(タイトルは「生キ残レ少年少女」。作詞も桜井順。歌は野坂昭如と愛の元少女合唱団です)

ひどい世の中じゃ 怖い世の中じゃ
信じられるのはお米だけ 信じられるのはお米だけ
ひどい世の中じゃ 怖い世の中じゃ
少年少女生キ残レ お米を信じて生キ残レ
悲しい思いでハングリー ネバネバノーモアハングリー
アイノー アイノー アイノーノーノーノー農協 農協
女は愛嬌 坊主はお経 お米のことなら農協
アグリー、ジャグリー、ジャパンの文化は田んぼじゃ田んぼじゃ
アグリー、ジャグリー、ジャグリカルチャー

毒入りぎょうざ事件で、またもや食糧の国内自給率が問題になっていますが、そんなときだけにこの歌は切実さを帯びています。が、それはともかくとして、これって、農協は自分のところのCMソングとして正式に採用したほうがいいんじゃないかと、ぼくには思えるんですが、どうでしょう。前回の佐藤さんたちの例もそうですが、実際にやっている広告よりも「勝手に広告」で作った広告のほうがずっといいということって、けっこうあるんですね。そのくらい実際の広告は、きゅうくつな環境と不自由な制約のなかで作られ、窒息状態になっているのかも知れません。

とまあ、こんなふうに桜井さんのCDを紹介してしまうのも、実は「勝手に広告」の1例ですね。
でもね、考えてみると、こんなふうに「勝手に広告」をしているのは、ぼくのような物好きな人間だけじゃない。実は、無意識のうちにみんなやっていることなんですね。あなただって、間違いなくやっている。
だれもがやっている勝手広告ってどういうものか。そう、それは自分を広告するということです。
たとえば、ヘアムースで髪を整える。自分の好みのネクタイを買う。好きなシャツや服を選ぶ。女の人だったら化粧をする。……こういうことって、みんな「自分を広告する」ための行動です。「私はこういう趣味の人間だ」ってことを、広くまわりの人たちに広告している行為だといえませんか。

おしゃれだけじゃない。好きな人への贈り物を選ぶときにも、ぼくらは自分らしい物を選ぼう、自分のセンスが伝わるようなものにしようと、苦労しますよね。これも一種の広告だし、あるいは、ブログを書くのも、「自分広告」の内だと言えそうです。非公開の場合は別ですが、公開するということは、一人でも多くの人に自分を知ってもらいたい、好意を持ってもらいたい、という無意識の意識が働いている。当然ですよね、誰だって、自分を理解してくれる人がほしい。自分の考え方や感じ方に共感してくれる人がほしい。話の通じ合う友人や仲間がほしい。

そんなこんなで、「人間は広告する動物である」ということをテーマにした本を、以前、書いたことがあります。「自分を広告する」なんていうのは、いやしいことだと思う人がいるかも知れません。でも、人間はそんな「いやしさ」や「いかがわしさ」を生来的に持って生きている生き物なんだから仕方がないとぼくは思うんです。大切なのは、それに居直ったり、甘えたりせずに、それをいつも自覚しながら生きられるかどうかということだと思うんですね。

なんて、今回はつい、もっともらしいことを言ってしまいました。でも、こういうことを言うのも、自分を広告していることになる。これはもう、人間が「言葉」というものを持ってしまった以上、避けられないことなんでしょうね。


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ハイジママ

有名人が勝手広告をすると注目されますが、ごく普通の目立たない一市民が、勝手にブログなど立ち上げて、勝手に自分の意見を発信するのも、考えようによっては「勝手広告」かも知れないな~と思います。読者が居るかぎり。

人に迷惑を掛けない限り、勝手広告が許される時代、自由で良い時代になったものです。欲を言えば、もう少し国民パワーに強烈なものを望みたいのですが・・・。

その為にも、ますます「勝手広告」=ブログの普及を望みます。どんどん意見を言いましょう~。
by ハイジママ (2008-02-16 09:47) 

あかみどり

「人間は広告する動物である」って、本当にそうですね。
自分を広告することをいやしく思うヒトも、逆から見れば
そのヒトがそう思っていることを(無意識に?)広告している
ことになるわけですよね。皮肉にも。
コトバを持つがゆえに広告する、広告と受け取ってしまう
性が自然と備わってしまった。
ヒトって、そういう生き物なんでしょうね。
by あかみどり (2008-02-16 10:22) 

gillman

自分を伝えるってとっても難しいですが、無意識に広告してしまっているんですね。時には自分の広告がどう受け取られているんだろうと考えてしまいます。
日本語を教えていても、いつも外国人の学生から思いもかけない質問がきて、自分は言葉についてほんとうに何も知らないんだなぁと思い知らされます。
by gillman (2008-02-16 18:10) 

rio

就職の超氷河期世代の私(を含め、おそらく同世代の多く)は、「自分を広告する」ということをとても肯定的に捉えています。というより、その重要性が身にしみています。

学校や家庭で「自分を広告する」方法をほとんど教わらないまま社会に出された世代が、インターネットと横のつながりを頼りに氷河期を戦ったわけです。が、いざ入社してみると(大半の会社には)「自分を広告する」ことを忌み嫌う”荒野”が広がっていた、というのが2000年前後の状況だったのではないかと思います。

それから約10年。自己愛の肥大化、なんて言われることもありますが、それもまた、時代の要請の裏表なのではと思っています。
by rio (2008-02-17 13:37) 

チンゲン斎。

こんばんわ。
お久しぶりです。

仮に、
自分を表すことが、
自分を広告することであっても、
それを受け取って、
何らかの形で評価されることがないと、
それは広告として成り立たないような気がします。
受け取る側がいることが、
もしくは、
受け取ってくれるはずの誰かに向けて、
場合によっては、
自分自身を賭けて発信することが、
広告の難しさであったり、
奥の深さなんじゃないかと、
僕は思います。
by チンゲン斎。 (2008-02-17 23:19) 

Sakura

会社の同僚に「私って内気だから、自己アピールができないんです」と常にアピールする女がいます。アピールしてるやろ!と常々思っています。

彼女はしっかり自分を広告できています。広告効果も抜群です。内気で自己アピールできない彼女を守ってやりたい、と名乗り出てしまう男性がたくさんいるのです。
by Sakura (2008-02-17 23:27) 

スティッチの親分

「勝手にCMそんぐ」、業物(わざもの)でござる♪
CMと云ゑば、全く話ずれててかたじけない。
最近やたらとCMの中のせりふ等変ったり流れなくなったりするでござるんでござるよね~。
例ゑば、広末涼子の「からだめぐり茶」
せりふで「ぶらじゃーが透けるほど・・」のせりふも変わったし。。
小泉今日子のばらんす飲料「DAKARA」
「それがしのなかのよからぬものが・・」が下品だ等きょんきょんの印象と否!等・・
きょんきょんゆえにこそ、下品にならなゐんでないの?と一人つっこみしたでござるぐらゐでござる。
あれぇ?こう云ふ苦情を云う人は、「それがしはこう云ふ趣味の人間だ」と広告しておるの??はてな??
由々しき事態になってるせりふが変ったり流れなくなったCMを桜井順殿にぜひ「勝手にCMそんぐ」を作ってゐただきたいでござるでござる。
話がそれてしまって誠にすゐませぬ。
(もんじろうで武士語に変換したでござる)
by スティッチの親分 (2008-02-19 05:13) 

梅吉

人間は広告する動物。

これもCMのキャッチコピーに使えますね。
確かに、ブログもおしゃれも好きな人への贈り物も
自分を売り込む広告ですよね。
そう、考えてみれば会社の営業、名刺交換、自己紹介も
自分のアピールも広告といえますよね。 
 

それにしても石丸電気のでっかいわあって桜井さんの作品なんですね。あのCMソングいまも鼻歌で歌っちゃいますよね。 
    
by 梅吉 (2008-02-20 17:04) 

ぜんそく

お久しぶりです。
僕は自分の広告、意識すると難しいです。
自分の広告したい部分がどこだか、分かってないです。
この前、中学からの親友に、「お前って、自由だな」と、付き合って13年たって言われました。その時に、俺って自由なのかって、初めて気づきました。今回の、「人間は広告する」という点から言うと、13年間「俺は自由だ」って知らないうちに広告してたのかって思います。(どんな13年!?)
by ぜんそく (2008-02-22 12:34) 

あまの

「ハイジママ」さん。
大賛成です。マスコミ一辺倒の社会にブログが加わって、コミュニケーション・ネットワークが2層にあった。とても健全なことですね。1930年代にブログがあったら、ヒトラーは権力を握れなかったと思います。と言っても、ブログで別にむずかしいことを言い合う必要はない。ワイワイおしゃべりをしているのが、いちばんいいんだと思います。

「あかみどり」さん。
そのとおりです。「私は自分を広告なんかしない」という人は、自分はそういう人間だということを広告している。なにをやっても広告になってしまうのなら、せいぜい自分は、センスのいい広告をしようと心がけるのがいい。なにしろ、神さまだって「鐘」という広告を必要としている世の中ですからね。

「gillman」さん。
教育は広告じゃないと思います。でも、しばしば教育にも利用される。戦争中、小学生だったぼくにとって、学校の授業はすべて「神国日本」のCMでした。

「rio」さん。
自分を広告するのって、広告の中でいちばんむずかしい。「私は嘘が下手です」なんて言う人は、「私は下手な嘘をつく人間です」と自分を広告しているのと同じです。いっそのこと、「私の話は嘘八百です」と言ったほうがいいかもしれません。「まことしやかな嘘」ではなく「嘘みたいな本当」を通して自分を広告できたらサイコーですね。

「チンゲン斎」さん。
おっしゃる通り。自分を賭けて言った言葉しか、相手には届かない。でも、これがいちばんむずかしいんですよね。体重をのせてストレートを打てばいいのに、へっぴり腰のジャブを出したり、ずるいローブローをねらったり。ぼくもケガばかりしてきました。

「Sakura」さん。
そうなんですよ。「私って口べただから~」とか「私って気が弱いんで~」なんて言う人がいると迷惑しますね。あれは「私はズルイ人間です」って自分を広告しているのです。いちばんタチが悪いのは、「あたしって人がいいもんだから~」っていうやつ。本当に人がよかったら、人がいいなんて自分で言わないって。

「スティッチの親分」さん。
おっと、「武士語」で来やしたね。たしかにいまどきは、CMに無体ないちゃもんをつける奴が多くて、困ったもんだ。粋じゃねんだよなあ、ああいうのは。「ブラジャーが透けるほど」にいちゃもんつけるんなら、「よーく見たけど透けてねえぞ」って言えって言うの。洒落ってもんが、てんでわかってねえんだよ。泣けてくるぜ。

「梅吉」さん。
石丸電機の「でっかいぞ~」と日立グループの「この木なんの木、気になる木~」と鈴与グル-プ゚の「見たこともないもの見てみたいな~」の三つが、私の「無意識ソング」です。

「ぜんそく」さん。
お久しぶり。なにも言わなくても、ぜんそくさんのふだんの表情や態度や行動が、「おれは自由だ!」って広告してたんですね。サイコーじゃないですか。広告の世界では、そういうのを「ノン・バーバル広告」って言います。
by あまの (2008-02-22 20:30) 

ゆきよ

「紋付ハカマ」やエンブレム付き制服も勝手広告ですよね。
おサムライさんは着る者で自分の家の広告をしていたんですね。
紋章って広告の原点のような気がします。

※ちなみに「私って不器用な人じゃないですか」と言われると嫌味なのに、高倉健さんが
「不器用ですから」
と言うと、たちまち「不器用」の株は急上昇。
言葉も、誰が広告するかによってくすんだり、輝いたり…ですね。
by ゆきよ (2008-02-22 22:56) 

あまの

「ゆきよ」さん。
なるほど、健さんね。
たしかにそうですね。イエスが「私についてきなさい」とひとこと言っただけで、マタイさんは即座に彼に従いました。
でも、ぼくがだれかに「私についてきなさい」なんて言ったら、即座に警察に通報されるでしょうね。
by あまの (2008-02-23 15:27) 

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