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言葉が場をつくる [ことばの元気学]

あきた2.jpg

前回、こしあん色の方言CMをご紹介しましたから、今回はつぶあん色の方言CMをご披露しましょう。6年前に秋田県が全国に流した観光CMの名作です。

あきた1.jpg

雪深い山あいの温泉場。夜の露天風呂。湯けむりのなかから、女の人の声が流れてくる。

ここあきただば
どんたおんせんずきなひとども うならへる
どでんするほどの おんせんてんごくだんす
おめえだち おめえだちよ
どうかどうか ゆっくりとほねやすめに
きてくれたんへや

方言の暖かい響きがすばらしい。何を言っているのか、わからないようでいて、なんとなくわかるんです。
ところで、このCMには、ナレーションの方言を標準語に訳した字幕はついていません。それがよかったと思います。
なぜって、字幕がついたら、みんなそっちを読もうと目をこらして、耳がお留守になってしまう。
言葉の意味ばっかりとらえようとして、言葉の音楽的な響きを聞かなくなってしまう。
それは、とてもいけないことです。
「だから、あえて字幕を入れなかった」と、このCMを作った前田知巳さんも言っています。
(近頃のテレビは、しゃべっている人の言葉を字幕で出しすぎます)

それにしても、前回の伊予弁のCMにくらべると、この秋田弁のCMはとても素朴な味わいがある。伊予弁がこしあんの味なら、こっちはつぶあんの味ですね。
なにせ秋田は寒い雪国ですから、あまり余計なことはしゃべらない。しゃべるときも、なるべく口を大きくあけずにしゃべるそうで。その典型が、

「どさ」
「ゆさ」
「け」

といったたぐいの言葉ですね。これを伊予弁に翻訳すると、

「どこ行きよん」
「お湯へ行きよんよ」
「お食べんか」

となる。
どっちがいいとか悪いとかじゃありません。ぼくは、どっちも好きです。でも、こしあんとつぶあんのように、同じあんこなのにまったく味わいが違う。そこが大切なポイントです。

ところで、
秋田弁で話し合っているところには、秋田弁風の「場」が成立する。
伊予弁で話し合っているところには、伊予弁風の「場」が成立する。
というふうに、言葉は特定の「場」をつくり出します。
その「場」にそぐわないものは、たとえ間違っていなくても「場違い」になるわけです。
逆に、「場」が、特定のの言葉を引き出す、とも言うこともあります。
赤ちょうちんで焼酎をやっているときは「おれ」「おまえ」と呼び合っていた二人が、
高級クラブでブランデーを飲んでいるときは「キミ」「ボク」になったりするでしょう。
この場合は、秋田弁とか伊予弁ということではありませんが、「場」が「赤ちょうちん方言」と「高級クラブ方言」を引き出していると言えばいいんじゃないでしょうか。

方言が「場」をつくるのに対して、標準語は、基本的に「場」を取り払おうとする。「場」を取り払うことで、通用する範囲を広げ、コミュニケーションのムダを省こうってわけですね。
ま、それにはそれなりの効用がもちろんありますが、「場」を失った言葉は温度を失って、人と人の関係をつめたくしてしまう危うさがある。人と人を結ぶけれど、結ぶのはぬくもりのある木綿糸でなく、伝導効率のいい針金だったりする。
そこでは、「意味」だけが通じて、「思い」が通じにくくなるんですね。

若い人たちが、自分たちの間でしか通用しない隠語を使ったり、メールに絵文字を多用したりするのは、そんないまの世の中の風潮への、無意識の反逆かもしれません。

よこお.jpg

数日前、画家の横尾忠則さんから、はがきをもらいました。
杉並博物館でやっている個展の絵葉書です。
「個展がもうすぐ終わる」ということ、「NHKであなたがやっていた”カラヤン”を見たよ」ということ、「相変わらずこしあんにこだわってますね」といったことが書いてありました。なんだかもういちど、横尾さんと”あんこ論争”をやりたくなってしまうような楽しい手紙でしたが、それにしても、こんどの横尾さんの個展はすばらしかった。失われた人間の「場」を取り戻そうとするような、強力な磁力を感じさせる作品がたくさんありました。ほんと、この人は、”並みのつぶあん”じゃありません。





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rio

こんにちは。

大学進学と同時に大阪を離れて以来、あちこちを転々としていますが、そのたびに耳にするのが「関西の人って関西弁を直そうとしないよね」という、批判なのか疑問なのかよくわからない指摘です。嫌だなと思います。

大阪弁をひとくくりに関西弁と言われることもひっかかるのですが、それよりも「直す」という言葉を使われることに抵抗があります。大阪弁は異常なのか、乱れなのか、間違いなのか、って。

でも「間違いでなくても場違い」ということがあるとなると…難しいですね。大阪弁にはその「場」を自分たちのものに変えてしまう力があって、図らずも警戒心を呼び起こしてしまう、と。

大阪弁って、葬式まんじゅうの中身がカレー、みたいな方言なんでしょうか。
by rio (2008-06-17 09:19) 

あかみどり

映画「三丁目の夕日」や田園風景などを”日本人のこころのふるさと”と
表現されますが、そういう風景とは違う時代や地域を過ごしてきた自分にとって、全国チェーン店が立ち並ぶのっぺらぼうな風景が”こころの~”だったりするわけです。

「言葉が場を作る」
というのなら、標準語はさしずめ更地のようなものなのかなあ。

by あかみどり (2008-06-17 09:51) 

とくさん

「言葉」が、「場」をつくる。「場」が「言葉」をつくる。

「場」を変えるのには、言葉が一番ですね、

天野さんの声は、ええ声ですし、冷静さとあったかさを
声で旨く表現しながら、周りの「場」を作ってらっしゃるなあ。
どういう言葉を聞いてきたのかは、人を作る要素の一つですね。
言葉の重みにようやく気づいたようです。

最近、ようやく自分の言葉の音の部分も気になり始めました。



by とくさん (2008-06-19 00:09) 

タイ ホテル

言葉って不思議ですね♪
by タイ ホテル (2008-06-20 15:13) 

あまの

「rio」さん。
大阪弁には、「反権力」の匂いがついているような気がします。だって、ほかの地域は、みんな「標準語」に屈伏してしまったのに、大阪だけは「フン!」という顔をしてる。それどころか、自分たちのことばをベースにして、共通語(標準語ではない)を作っていけばいいんじゃないかって顔をしてる。そこがいいところだし、面白いところだと、ぼくは見ています。
キンチョウのCMに、おっさんが藤原紀香に「おんなじやて」というのがありますが、デザインのちょっとした違いくらいでノセられてしまう東京人を、あきらかにあのCMはからかっていますよね。

「あかみどり」さん。
おっしゃる通りです。「こころの風景」なんてものに目を奪われないように、標準語はぼくらに仕向けているのでしょう。

「とくさん」さん。
文字より音声は強いことを、最悪のカタチで証明したのは、ヒトラーでした。彼の演説は文字でみると、まるで中身がない。でも、耳で聞いた人たちは、ほとんどぞくぞくしたそうです。音声は強い。けど、こわい面もありますね。

「タイ ホテル」さん。
たしかに、考えれば考えるほど、不思議ですたい。

by あまの (2008-06-20 23:36) 

とくさん

声で、人を判断することも多いんですよね。
声で、人を寄せ、人を離すこともできます。
声と表情は連動しますし、竹中直人さんは別ですが。。。
ヒットラーですか!
by とくさん (2008-06-21 00:21) 

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