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ニュースに声を与えた人 [ことばの元気学]

ちくし.jpg

ニュースに声を与えた最初の人。
それが筑紫哲也さんだと思う。
先輩に田英夫さんがいるが、テレビの本格的なニュースキャスターといえば、やはり筑紫さんと久米宏さんが第1号といえるだろう。
それまでのニュースは文字だった。署名もない、個性もない、「中立公正」という名にしばられた無表情な文字の羅列だった。
筑紫さんは、それに声を与えた。声にはその人ならではの息づかいがある。「中立公正」なんて声はない。隠しても、その人感情が出る。思いがにじむ。
こうして日本に、「話し言葉のジャーナリズム」が生まれた。

「中立公正」のはずのニュースは、その時点で、「筑紫哲也のニュース」になり、「久米宏のニュース」になった。同じ内容のニュースでも、二人が読むと別のニュースになった。
それはおかしい、という人は、おかしい。もともと、「中立公正」なんてものはありえない。虚構である。ただ、中立公正をめざすAさんやBさんやCさんがいて、それぞれが自分こそが中立公正だと信じているだけだ。で、だれがいちばん中立公正に近いかは、受け手がそれぞれにきめるしかない。

ニュースが個人性を持ったとたんに、キャスターは毀誉褒貶の場にさらされる。それもまた、テレビジャーナリズムならではの、すばらしいところだ。ニュースがそれだけ、みんなのものになったのである。世の中のあれこれについて、みんなでワイワイ話し合う広場が生まれたのだ。

筑紫さんのアラを探すのは簡単だが、こういう面白い広場をつくりだすことに力を注いだ筑紫さんの功績は、とても大きい。

筑紫さん、ありがとう。あなたがいなくなって、とてもさびしい。

(つづく)

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コメント 11

の

ニュースから、次の話題にうつる時に出る言葉?
『ヘェい』☜ーこれ!忘れられません('_')
by (2008-11-09 00:20) 

t

突然でほんとにびっくりしました。
たまにしか見てなかったけど、ニュース23好きでした。映像のコラージュ的な事をしてたりして他のニュース番組とは違う印象を持っていました。そのコラージュには「希望」や「明日」(覚え違いだったらすいません)みたいなタイトルがつけられ当時若かった私は綺麗事じゃない!?とも一瞬思いましたが、筑紫さんの佇まいがそうはさせませんでした。今回の訃報の特集などで、若い頃は色々たたかれたり尖った人(もっと?)だと知りました。今回の報道でより多く知るようになるとは。
もう一度元気なな筑紫さんを見たかったです。
ご冥福お祈りします。


by t (2008-11-09 13:58) 

tacrow

鳥越俊太郎さんが「筑紫さんは文化的な側面にも造詣の深い方で、その点でも僕などは全くかなわなかった」と仰っていました。
番組で天野さんやおすぎさんたちと話されるときの笑顔が忘れられません。それだけに、「最後の多事争論」で、とても険しいお顔でこの国を見つめていたことも、忘れてはいけないのだと思いました。

ご冥福をお祈りします。
by tacrow (2008-11-09 16:20) 

tami

こんばんは。

ご無沙汰しています。
でも、いつも読んでは笑わせてもらっています。

筑紫さんの訃報は、地元の新聞でも大きく取り上げられていました。
筑紫さんは、大分県の日田のご出身です。
いつも、大分のことを気にかけてくださっていました。
「自由の森大学」を開校して学長を務めておられました。

今年、大分は、教員採用試験問題で、毎日トップニュースで騒がれました。
もし、お元気でキャスターをなさっていたら、どんなコメントを残されただろうかと思います。

また、入れ替え戦ばかりやってきた大分トリニータがナビスコ杯で優勝。
このニュースを少し微笑みながら伝える姿も観たかったと思います。

ご冥福をお祈りします。



by tami (2008-11-09 21:40) 

銀鏡反応

ジャーナリズムが“生きた声”を持つようになったのは、ひとえに筑紫さんや久米宏さん、鳥越俊太郎さんらのような、ジャーナリズムに対する、ある種の生きた哲学をもった人々だったのではないかと、今になって思うのです。

そういう一種の生きたジャーナリズム哲学を持つ人々は、TVのニュースや雑誌の記事に、信頼性というものを追求されていたはずです。

あくまで一部ですが、その「信頼性」をまるきり無視して、いくつかの特定事物にターゲットを絞り、それらへの取材を行わず、自分達の頭の中で考えたでっち上げの記事やニュースを垂れ流して、部数を稼ぎ、報道を記者や編集者のメシのたねにしているだけのメディアがあるようです。

筑紫さんや鳥越さんらは、そういう「劣等メディア」を如何言う気持ちで見ていたのでしょうか。きっと、恥ずかしいというか、苦虫を噛み潰すようなキツイ気持ちで見ていたのかもしれませんね。
by 銀鏡反応 (2008-11-09 22:45) 

ゆきよ

最近、ニュースで昭和10年前後生まれの方の訃報が続きました。
私が最も好きだった俳優緒方拳さんも先日亡くなられました。

そんな知らせに接するたび、心の中でいつも
「天野さんがずっと健やかでありますように」と願っています。

このごろ、言葉が「断絶」のために使われているような気がしてなりません。電車の中で聞こえてくる10代の子らの言葉は「キモイ」「キモイ」のオンパレード。
昭和50年生まれの私が「最近の若い子は…」と言うつもりはありませんが、本来言葉は「つなぐ」「伝える」ものなんじゃないのか、とそんな言葉を聴くたびに、心の中で独り言を言います。

先日、たまたま観ていたテレビ番組で、天野さんを見ました。あまり発言のない様子に「この回の出演者の中には、天野さんのボールを受け取りそうな人がいなかったのかな。…もしかしたら、受け取ったり投げたりしていた人が亡くなることが最近増えて、さみしいのじゃないか…。」と思っていました。

もし、そうだったとしても、たとえ今風に言うKYになろうとも、天野さんは「ことば」を投げてくださいね。

今、天野さん世代の人たちの声が必要だと私は思っています。軍国主義一辺倒だった国が「アメリカナイズ」されていく様をじっと見てきた人たちの言葉は明らかに違うと思います。

私はことばの力を、この天野さんのブログを通して実感しています。こんな風に言葉のやりとりに充実感を覚えることは今までめったにありませんでした。

本当のことばを教えてくださってありがとうございます。

筑紫さんのご冥福を祈りつつ、天野さんの末永い健康を祈っています。

by ゆきよ (2008-11-10 00:38) 

ミメイ

クミコのライブやコンサートで、よくお見かけしました。ライブ会場では笑顔でいらっしゃることが多かったけれど、でもその顔とカメラに向かってニュースを伝えているときの顔との間にギャップがなくて、それってすごいことだなぁと思っていました。うまく言えませんが、筑紫さんの中では、好きな歌を聴いて心が潤うことも、世の中の出来事に憤りや疑問を感じることも、ひとつながりになっているような、そんな気がしたのでした。だからこそニュースを伝えるときも、筑紫さんの言葉はご自分のからだの中から出てきた生のコトバに聞こえるのかな、と。考えてみれば、久米さんや筑紫さんの番組はニュース番組というより、ニュースの「ライブ」という感じだったような。きっと回復されてまたいつかお姿を拝見できると思っていたのに。残念です。心よりご冥福をお祈りいたします。
by ミメイ (2008-11-10 02:10) 

シギー

筑紫さんが亡くなられたニュースを聞いて
妻は非常に悲しんでいました。私もとても
残念です。重みのあるニュースの解説、意見
などがもう今後は聞けないのは時代の
変化かなあと思います。日本の学力の低下
と同様に番組が徐々に低レベルになっている
と思います。視聴率は大事なのでしょうが
バラエティ過ぎるニュース番組より
深い内容のニュース番組を期待
したいです。気骨のある人達が
なくなっている昨今ですね。
by シギー (2008-11-10 02:23) 

あかみどり

中学生かそこらだったと思います。
ニュースを知ることから、考えることへと意識を変えてくれたのが、
筑紫さんと久米さんのニュース番組でした。

直接の面識はありませんでしたが、某球団のファン
というのは知っていたので、同志というかそんな思いで
応援していました。なので・・・、残念です。

「では、今日はこんなところです。」


・・・おつかれさま。

合掌
by あかみどり (2008-11-10 13:42) 

gillman

 いま目の前で起きていることに言葉を添えて、「時代」を浮き彫りにしてくれる、そんな人だったように思います。そして何よりもスタイルを持っていたことが好きでした。ジャーナリストが消えてゆくのは寂しくもあり、恐ろしくもあります。合掌。
by gillman (2008-11-10 22:41) 

あまの

「の」さん。
あの「ハイーッ!」は、ほんと、仲間うちでも評判でした。

「t」さん。
声は硬派でしたが、気持はやさしい人でした。

「tacrow」さん。
スタジオでしゃべっていても、こっちをぜんぜん緊張させない人でしたね。ふところが深いっていうか。

「tami」さん。
お元気なのは知ってますが、やはり、きてくれるとうれしい。ありがとう。

「銀鏡反応」さん。
シンが強くなければできない仕事ですね。あれだけがんばっても、悪意丸出しの批判が絶えない。批判はいいけれど、悪意というのはいやなものです。

「ゆきよ」さん。
どんどん言葉が通じなくなっていきますが、しゃべるのはやめません。ありがとう。

「ミメイ」さん。
まさに「ニュースのライブ」ですね。それがテレビのすごいところなのに、ライブはどんどん少なくなる。またひとつ、灯が消えました。

「シギー」さん。
あの人の「声」がぼくは好きでした。硬派の声。気骨のある声。人間の声。

「あかみどり」さん。
「きょうはこのへんで」というのは、ありきたりでいやだ、と筑紫さんはいってました。筑紫さんらしいとおもいます。では、きょうはこんなところです。

「gillman」さん。
たしかに、スタイルがありましたね。それが「朝日ジャーナル」時代から一貫してぶれないところが、ぼくは好きでした。





by あまの (2008-11-11 00:10) 

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